第3話

「──あら、なにかしら?」


 ふざけ合いながら、四人が芝生が広がる公園に差しかかった時だ。

 三人ほどの男女が腕を組んで、激しい口論を交わしている。その手には、三脚とビデオカメラ。紙の束とペンを摑んで、怒声をあげていた。


「映画の撮影?」


 コレットが呟き、サンドラが頷く。


「そうだね。スタッフの数からして、自主製作の映画だろう」


 映画は、ライラット王国の一大産業になっている。

 元々ミュージカルなどの劇団が多かった国だ。映像メディアの進歩と共に多数の映画会社が立ちあげられ、ホラー映画やアクション映画で世界的なヒットを飛ばしているという。近年では有声映画が生まれたことも勢いに拍車をかけていた。

 街角で撮影が行われているのも珍しくない。

 どんな映画だろうと眺めていると、一人の女性が駆け寄ってきた。


「ねぇ、キミたちっ!!」


 大きなハンチング帽とサングラスをかけた女性だ。手には、エルナの顔ほどのサイズの金色のビデオカメラ。

 彼女は激しい剣幕で、エルナたちに話しかけてくる。


「突然ごめん! 良かったらワタシの映画に出てもらえないかな!?」

「「「え?」」」

「エキストラが足りないんだよ。四名! なんてちょうどいいんだ!」


 どうやら彼女が監督らしかった。サングラスと帽子のせいで顔の全体は分からないが、頰のそばかすが目立つ。二十代前半だろう。

 これから名をあげんとばかりの気概が鼻息から感じられる。


 あっに取られてしまったが、隣のコレットたちはにこやかに笑い出した。


「あら、素敵な申し出ですわね。よろしければ出演しませんか?」

「いいね! これも演劇の特訓だ! エルフィンたちも行こう!」


 二人から同時に手を引かれ、エルナは「え、えぇ!?」と戸惑った。

 スパイ活動をしている身なので、いくら小規模とはいえ映画に出るのは好ましくない。


 アネットは冷めた顔で「俺様、眠いんで帰りたいです」と歩き始めた。

 が、サンドラは「そう言わずに!」と彼女の腕を摑み、無理やりとどめる。


「いいじゃないか! エルフィンも出演したいよね?」


 目を輝かせながら、尋ねてきた。

 二人はもうノリノリで参加する気らしい。コレットは手鏡を取り出し、はにかんで髪を整えている。

 それに気づくと、つい口が動いていた。



「………………ちょっとだけなら」



 ──放課後、友人と一緒に映画出演。

 そんな青春の一ページも素敵だな、と弾む心は止められなかった。


   ♢


 嫌そうなアネットも強制参加させ、映画撮影。


 無声映画らしく脚本などは渡されなかった。公園で普段通りの会話をしているだけでいい、という指示。聖カタラーツ高等学校の制服のままでいい、という。


 自然体を求められたので特別な苦労はない。学校生活の愚痴や勉強法、今日食べに行こうとしていたスイーツなどを語り、途中でカメラに向け、微笑みかける。

 コレットたちはノリノリでエルナと腕を組み、普段よりやけに顔の距離が近かった。気持ちが高ぶっているらしい。


 女性監督は、カメラマンも兼ねているようだ。というより男性スタッフ二名はただの手伝いらしく、撮影にはほとんど関わらない。人が立ち入らないよう、常に辺りを警戒している。


 撮影は十分ほどで終わった。

 カメラをしまい、監督の女性は満足そうに頷いている。


「うんうん、四人のあふれんばかりの笑顔! 現像するのが楽しみだなぁ!」


 力強くガッツポーズをしている。

 二名の男性スタッフたちも同様に首を縦に振っていた。


「ちなみに、どんな映画ですの?」


 コレットが尋ねると、女性監督は「完成してのお楽しみさ!」と胸を張った。


「自主製作映画とはいえね、もう国中で流す算段は付いているんだよ! 来場客は、数万人以上は確実。フィルムが擦り切れるまで流しまくるよ!」

「へー、しっかりしているのですね」

「じゃ、ワタシらはこの辺で! ふふーん、早速現像に取り掛かるぜぇ!」


 そう言い残し、女性監督と他のスタッフは駆け出していった。

 ぜんとするエルナたちが公園に取り残される。


「嵐のような人でしたわね。連絡先もタイトルも明かさずに」

「まー、いずれ耳に届くんじゃないかな。国中で流すというのだから」


 感想をこぼすコレットとサンドラ。

 やけに慌ただしい撮影だったが、女性監督からは強い気合を感じる。せめて名前くらい聞いておきたかったが。

 エルナは小さくはにかんだ。


「とにかく、とっても素敵な思い出ができたの」

「「の」」

「指摘しないで」


 顔を赤らめ、頰を膨らませる。

 コレットたちがぷっと同時に噴き出し、しばらく笑い声が公園に響いた。

 身体を包んでいたのは、湯舟にかったような温かな幸福感。


 映画に出られるなんて、人生でそうあるものでもない。仲の良い女友達四人で一緒に撮影なんて、一生の記憶に残るだろう。もしいつか映画館に足を運び、このシーンが少しでもあったとしたら、かつての青春におもいをせ、胸がぐっと苦しくなるはずだ。


(こんな放課後も悪くないの)


 スパイとして正しくはなかったが、息抜きとして良しとする。

 この穏やかな気持ちで夜の任務に臨めるなら、素晴らしいこと。


「さ、そろそろ──」


 ワッフル屋さんに行こう、と声をかけようとした時、気づいた。

 アネットが苦虫をつぶしたような顔をしている。顔面のパーツがぎゅっと中心に詰まった、不服そうな表情。


「おなかが痛いの?」

「俺様、あの監督が持っていた脚本を盗んでおきましたっ」


 エルナの問いを無視し、アネットは手に持った紙を見せつける。

 そういえば紙束を持っていたな、と気がついた。彼女が紙を置いた時、気配を殺して盗んできたようだ。

 コレットたちには悟られぬよう、こっそり脚本の中身を見せられる。



「これ──反政府映画ですよ」

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