第16話 そうなればドリームステージも破産……

「場所、変える?」


 さわやかにとは言い難いまでも、立ち去っていく八重洲を見届けたあと、万世康子がつぶやく。再来を不安視してのことだろう。


「多分、大丈夫だと思うよ。三郎は友達想いだから」

「そう。いいお友達なのね。ちょっとうらやましい」


 康子は言いながら大きな黒縁メガネとマスクを取り、お弁当箱を開ける。駆け出しアイドル末広康子が現れる。ただし、今はかがやいてはいない。お弁当のかがやきを乱反射してるだけ。あのかがやきは幻だったんだろうか。


「三郎は、僕の自慢だよ」


 本当に、いいヤツだ。


「自慢って、お姉さんではなくって? トップアイドルではありませんか」

「あれのどこが自慢なんだ! トラブルばかり持ち込んで来るんだから」


「有名人というだけでも自慢できるんじゃありませんの?」

「由佳姉のことは、誰にはなしても信じてくれないよ」


「同姓同名ですものね。私も驚きましたわ。クラスにいるのですから」

「それなぁ……」


「私達のこと、恋人同士と勘違いされてしまったようですね」

「本当にごめん! 三郎にはちゃんと誤解だって言っとくから」


 と、次の瞬間。康子は箸で卵焼きを摘みながらかがやきを放ちはじめる。さっきよりも強い。こっ、これは……。


 まぶしさのあまり、僕は目を瞑ってしまう。卵焼きのいい薫りがする。


「あら、私は勘違いされたままでも構いませんことよ。はい、あーん!」

「あーん。もぐもぐ……美味い!」




「優ちゃん、聞いてーっ! ビッグニュースだよーっ!」


 そんなこと、あるはずがない。帰って早々のリビング。いつものように『却下』と言えば済むのに、このときの僕には言えなかった。


 だって僕は見える男になってしまったから。アイドルを卒業したばかりの由佳姉には、まだたくさんのかがやきがある。それを惜しげもなく僕に浴びせる。幾つもの光の筋が見える。まっ、まぶしい。まぶし過ぎるーっ!


 あんなのにむにゅってされたらどうにかなってしまうに決まってる。今まではかがやきが見えなかったから由佳姉を受け入れてきたけど、見えてしまった今となっては戦慄を覚える。僕なんかには受け止められないよ。


 僕は常識あるフツーの弟として由佳姉と一緒の時間を過ごしたい。もちろん由佳姉との距離を保ってのこと。この場は無難にやり過ごさなくっちゃいけない。


「ゆっ、由佳。いつからファンタジー小説家になったんだ?」

「作り話じゃないもん。本当にビッグニュースなんだから! すごいんだから!」


 僕を狂わせるこのかがやき、無視することはできない。信じてみよう。


「ったく、しゃーねーな! 由佳、言ってみな」

「優ちゃん、優しい。ありがとう、むにゅっ!」




「なるほど。そういうこと」


 由佳姉が、みんなに本格的にアイドル活動をしてもらいたいと言い出した。


「うん。みんなはアイドル。歌って踊ってナンボの世界!」

「たしかに、曲がないんじゃアイドルとは言えないよね」


「うん、うん。だから優ちゃん、パパッと楽曲を作って!」


 簡単に言うなと言いたい。けど、たしかに簡単なことだ。さくらに発注すれば直ぐにでも曲を作ってくれるだろう。早期にデビューしてここを出て行ってもらった方が、僕にだって平和な日々が戻ってくる。不意にむにゅってされるのは、正直言ってもう、懲り懲りだ。僕は決めた! 平和を取り戻すと。


「二つだけ条件を付けてもいい?」

「条件! いいよーっ! ありがとーっ! むにゅっ!」


「って、おい。条件を聞きなさい! はしゃぐのはそのあと」

「あぁっ、そうだった。で、優ちゃん、どんな条件?」


「まずは、ジャージ問題にちゃんと向き合うこと」

「うんうん。それから?」


「そして、許可なくむにゅってするのは禁止!」

「何でよーっ!」


「身体に悪い! 寿命が縮む! 恥ずかしい!」

「なるほどーっ。優ちゃんはお姉ちゃんにドキドキしちゃうんだ」


 ドキドキしないはずがない。だって由佳姉、かがやいてるんだもの。


「それもあるけど、他のみんなが真似をするのが良くないと思うんだ」

「そう? みんな優ちゃんのことが好きなんだから、仕方ないでしょう」


「仕方ないで済まされたら困るんだよ。兎に角、禁止が条件だよ」

「うーん、しょうがないかぁ。で、いつまで禁止なの? 一日?」


 交渉が決裂したんじゃ意味がない。


「一日はさすがにない。短か過ぎるよ」

「じゃあ、楽曲ができるまでにする?」


「そんなの、一瞬じゃん! ライブをするまでってのはどう?」

「うん。分かったよ。初ライブの日まで、許可なくむにゅっはしないよ」


「交渉、成立だ! 早速、みんなにも伝達っと!」


 よかった。これでしばらくは平和な日々が続くことだろう。あとは、ジャージ問題を解決するのみだ!


 が、厄介事を持ち込んで来るのは由佳姉だけじゃない。うちのお家芸。


「あっ、そういえば、またおおばばが呼んでるんだけど」

「それを先に言わんかーい!」




「で、このダンボールの山は、何?」


 愛踊神社の社務所。おおばばと一緒にいるんだけど、既視感しかない。厄介事の匂いがプンプンする。


「横山靴店の巌ちゃんがな、ドジを踏んだのさ」

「そっかーっ。じゃあ、仕方ないね」


 それでは、サヨナラ、サヨナラ、サヨナラッ……。


「優、逃げるでない!」

「逃げてなんかいないよ。宿題があるから急いでるってだけ」


「ウソコクでない。優が学校で宿題を済ませておることは知っておるのだぞ」


 おおばばの情報網、侮れない!


「ジャージに加えてスニーカーとか、僕には荷が重いよ」

「甘ったれたことを吐かすでない。横山シューズは氏子総代でもあるんじゃ」


「それこそ、商売のプロに任せなきゃいけないレベルなんじゃないの!」

「あやつはアテにできんことは分かっておろう」


 おおばばがアヤツと呼んだのは神田美佳、由佳姉の双子の姉。美佳姉の顔やスタイルは由佳姉と瓜二つ。違うのは頭のよさ。放浪癖があるのが玉に瑕だけど、兎に角、商売上手。由佳姉がアイドルとして成功した影の功労者だと僕は睨んでいる。


「そんなの分かんないよ。僕や由佳姉がピンチのときはいつだって……」

「……なればこそ、優に任せねばなるまいて」


「そんな理屈、通らないよ。もし、戻らなかったら僕が破産するんだから」

「同じことよ。氏子総代が破産すれば、ここ愛踊神社も破産!」


「くっ……そうなればドリームステージも破産…… ってわけか」

「よいか、優! スニーカー二万五千足を売りさばくのじゃーっ!」

____________

神田美佳26歳

スリーサイズ B94 W56 H86


 主人公・神田優の姉であり、神田由佳の双子の姉。由佳とは瓜二つで頭がよくて商売上手。放浪癖があるのは玉に瑕。

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