第8話 どいつもこいつも……。

「優様! 本当ですか?」「優様! 本当ですか?」……「優様! 本当ですか?」


 大合唱となったのは『よし、よし動画』を撮り終えた直後、夕飯時のこと。


 発端は僕の提案から。みんなのプロフィール制作のために明後日から明明後日にかけて、身体測定をすること。


「世の中には、『アイドルは数値だ』と、言い切るファンもいるんだよ」

「うんうん。みんな、優ちゃんの言う通りだよ」


 由佳姉がなだめてくれたものの、まだ騒動は治らない。


「それって、体重とかも載せるんですよね。死の宣告じゃないですか……」


 恵がつぶやくとJと愛も巻き込んで火に油を注いだようになる。


「オーノー。体重はNGでーす。バストサイズならドンとこいでーす」

「りんご八個分とかっていうのもあり?」


 I・J・Kの三人は体格がいいだけに、体重は極秘のようだ。


 一度は鎮まっていた別の三人組が騒ぎ出す。紀伊由貴子と尾張遥香と井伊くるみ。ダンスのときは共に最前列にいた、スレンダーボディーの持ち主達だ。


「それを言ったら、私はバストサイズがNGだよ!」

「そうとも。Aが二つ並ぶブラを買う子の気持ちが分かるかい!」

「兎に角、プロフィール制作には反対です」


 反対意見は多い。八重洲、ごめん。望み通りにはいかないようだ。


 と、僕が諦めかけたとき。


「みんな、本当にそんなんでいいの!」


 と、凛々しく言い放ったのは、ダンス練では最前列にいた佐久間白布。色白小顔。シルクのようにさらさらで、由佳やみなみに引けを取らない艶やかで長い黒髪。あかねと同様にダンス経験者らしいカモシカのように細くて華奢な御御足。控えめながら由佳やI・J・Kをも凌駕する形の良い胸。動画の視聴回数は三日連続トップを直走る。非の打ちどころのない、正真正銘の美少女だ。


「アイドルとして成功するためには、今が正念場よ!」


「しろっぷちゃん」「しろっぷちゃん」……「しろっぷちゃん」


 白布の檄に一同は閉口する。八重洲、よかったな。これでプロフィールの企画が通ったぞ!


「これで決まりだね! 今日からダイエット、アンド、ベンチプレスだぁ!」




「と、言うわけで、エロさで言ったらこの三人は優様に匹敵する別格でやんす」

「…………」


 翌日の通学路。僕はときどき、八重洲の首を絞めたくなる。この日がまさにそんな日。だって、由佳姉をエロい目で見ているのが分かったから。


「肩がスッキリしてる感じでやんすな。凝ったら優しく揉んであげたいでやんす」

「結構な重労働だぞ! 大変なんだから」


「何がでやんす?」

「そりゃ、もちろん……って、聞いてるのか!」


 八重洲がまた立ち止まってよそ見をしている。


「……見るでやんす!」


 八重洲が言いながら指差す。その方向を見る。そこにいたのは、ひとりの女子。彼女こそ学園一の地味女子、万世康子だ。


 学業成績は、学年女子九十九名中、英語も数学も国語も五十位と、どの科目もなんとも地味な順位。先月の校内マラソン大会高二女子の部も、夏の水泳大会高二女子の部も五十位。我が校の春の名物行事・上野のパンダを描きまくり、通称『春のパンダまくり』も五十位。どれも平均。どれも中央値。判を押したように地味な順位を叩き出す康子。


 そんな康子が地味という評価を不動のものにしている理由は、見た目が八割。黒くて長い髪はツヤのないおさげ髪。血の気のない蒼白の顔面。顔の四分の一を隠す大きな黒縁メガネと二分の一を覆い隠す白マスク。


 性能だけでなく、存在からして兎に角、地味なのが万世康子だ。


 いつしか男子の多くは『地味子』と呼ぶようになった。


「おい、三郎。人を指差すんじゃないよ」


 と、八重洲の腕を押さえ下げて言う。


「優は驚かないでやんすか?」

「どうしてさ」


「こんなところに地味子がいるはずがないでやんす」

「大袈裟だなぁ。通学路だぞ。いても不思議じゃないだろう」


「いいや、不思議でやんす。地味子は北登のはずでやんす」


 北登とは我が校特有の呼称で、北口登校の略。最寄りの千代田南駅から南正門まで歩くルートを南登と呼ぶのに対して、二番目に近い千代田北駅から北の裏門を通って入ってくることを北登と呼ぶ。文脈によっては差別的な意味が強くなることもある危険な言葉だ。つまり北登はマイノリティであり、地味要素である。


「いくら万世さんが地味だからって、言い過ぎじゃないか?」

「そんなことないでやんす。二学期まではたしかに北口登校だったでやんす」


「詳しいね」

「この八重洲三郎にこの学校のことで知らないことはないでやんす」


 八重洲が思わず指差してしまうほどに、康子が南登するのは珍しいことだ。


「じゃあ、引っ越したんじゃない?」

「かも、しれないでやんす。でなければ新学期初日から四日も続かないでやんす」


 八重洲の観察力は立派なものだ。ときどき、目を丸くして見ていたのは康子だったんだ。


「兎に角、地味な子だからって揶揄うのはよそう」

「その通りでやんす。反省してるでやんす」


「落ち込むなよ。よし、よし」

「『よし、よし』はもう間に合ってるでやんす」


「じゃあ、お次はどんなセリフがご所望?」

「『おかえりなさい』『いってらっしゃい』『ありがとう』でやんす……」


「日常会話だね」

「その通りでやんす。僕はアイドルと暮らしたいのでやんす」




「おかえりなさい! 優ちゃん。ちょうどよかったーっ!」


 ドリームステージの玄関。笑顔の由佳姉。絶対に、ちょうどよくない!


「で、今度は何の騒ぎを起こしたんだ? こっちは忙しいんだぞ!」

「ひどいよ、優ちゃん。お姉ちゃんはまだ何もしてないよ」


「嘘をつけ!」

「本当だって。忙しいのをお姉ちゃんのせいにしないでよ」


「どう考えても由佳姉のせいじゃん!」

「そんなことないって」


 さすがに我慢の限界だ!


「あるよ! 炊事に掃除に洗濯にお買い物。シェアハウスっていうのは普通は全部、自分でやるものなんだから。それなのに、料理をすれば黒焦げになるわ、掃除をすれば物を壊すわ、洗濯をすれば生乾きにするわ、買い物しようと街まで出掛ければ財布を忘れるわ! 何ひとつ、できない連中ばっか連れ帰って来て! 世話するこっちのことも考えてくれーっ!」


 全部、言ってやった。ちょっとスッキリした。


 由佳姉はというと、馬耳東風といった感じ。


「おおばばが呼んでるってだけだよ」

「おおばばが……って、先に言ってよ!」


 ここドリームステージは、古く飛鳥時代の文献に『愛踊夢堂』の名で登場する。成り立ちは近くにある愛踊神社の参拝者向けの宿泊施設。愛踊神社には表御利益と裏御利益があり、かつては旅の白拍子に人気のパワースポットだった。


 そして、おおばばというのは僕の曽祖母にして、愛踊神社の神主。ドリームステージの実質的オーナーでもある。


 そんなおおばばに呼び出されることなんて、滅多にない。


「優ちゃんが勝手に喋ってただけじゃん」

「たしかにそうだ。けど、何だかイヤな予感がする」


「そうだね。相当、慌ててたよ」

「あの、泰然自若としたおおばばが?」


 僕は靴を履き替えもせず、そのまま神社に向かおうとした。すると、みなみ、あかね、恵、由貴子、白布と続き、最後は由佳姉。


「あれっ。優様、お出かけですか? 髪を梳かしてもらおうと思ったのに」

「私は脚のマッサージをお願いしようと思ったんだけど」

「その前に、肩を揉んでほしいのだけど。あと、昨日みたいにむにゅっも!」

「こっちはベンチプレスが正しくできているかのチェックをお願いしたいんだが」

「私は別に何もないけど、次の動画の指示はなるはやでお願い」

「お姉ちゃんは、それ、全部ーっ!」


 どいつもこいつも……。


「ったく、しゃーねーなぁ。順番、決めといて。動画の指示はメールでする」

「はぁーい。いってらっしゃい!」……「はぁーい。いってらっしゃい!」

____________

おおばば 106歳

スリーサイズ B:?? W:?? H:??


 主人公の曽祖母にして愛踊神社の神主。ドリームステージの実質的オーナーでもある。何事にも動じない肝っ玉の大きい性格をしている。情に厚い。

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