彼氏に油淋鶏おろしポン酢作ったら、こんなの油淋鶏ぢゃない!!って戦争になりました
@jinko_muno_
第1話 生焼け
「やば、これ、生焼けじゃん……」
教室に響く、呟きとは思えないほどの大きな声。
放課後の教室で、坂下遼(さかした りょう)は自作のお弁当を見つめていた。
彼の箸先には、ほんのりピンク色を残した鶏の唐揚げ。
中途半端な熱で火が通っていないことを、見た目だけで察することができるほどだった。
「どうしたの、遼くん?」
隣の席から顔を覗かせたのは、彼の彼女・高坂日和(こうさか ひより)。
彼女は小さな弁当箱を手に、嬉しそうに自慢の手料理を見せてくる。
「見て見て! 今日は特製の油淋鶏(ユーリンチー)を作ったんだ!」
「……これもしかして、さっぱりしたやつ?」
「あ、わかる? ポン酢と大根おろしでアレンジしてみたの!」
遼の顔が曇るのを、日和は気づかない。
彼女の手作り弁当には、キラキラと輝くおろしポン酢がかけられた鶏の揚げ物が並んでいた。
「う、うん。せっかくだから、食べてみるね」
おそるおそる箸を伸ばし、一口食べる。
ジューシーな鶏肉の中に、さっぱりしたおろしポン酢の味が広がる。
普通に美味しい――そう感じた瞬間、遼の脳内で「油淋鶏」というワードが警報を鳴らした。
「これ、油淋鶏じゃない!!」
思わず叫んだ声に、教室にいた数人の生徒が振り返った。
日和は目をパチパチさせて、困惑の表情を浮かべている。
「え、なんで? ちゃんと鶏肉揚げて、おろしポン酢かけて……」
「違うんだ、油淋鶏は甘酢とネギが命なんだよ! ポン酢とか大根おろしは、別の料理じゃん!」
日和はむっとした顔で、遼に詰め寄る。
「別にいいじゃん、アレンジくらい! 美味しければそれで――」
「でも、油淋鶏はこうじゃないんだ! これは……これは邪道中の邪道だよ!」
空気がピリつく。
同級生たちも、遠巻きに二人を見つめている。
「じゃあさ、遼くんのその唐揚げはどうなの?」
「えっ、これ? ……あっ、生焼けだ」
今度は教室全体に笑いが広がった。
遼は顔を赤くして、半生の唐揚げを弁当箱に戻す。
「結局、美味しいかどうかでしょ? ほら、私の油淋鶏、食べてみてよ!」
日和は弁当箱を差し出し、にっこりと笑った。
彼女の笑顔には勝てない。遼は仕方なく、おろしポン酢の油淋鶏をもう一口口に運ぶ。
「……うん、これはこれで美味しいかも」
「でしょ? ほら、もっと食べて!」
二人の周りには、ほのぼのとした空気が戻ったかのように見えた。
だが、遼の心の奥底には、燻るような違和感が残っていた。
「でも、やっぱり油淋鶏じゃないんだよな……」
そのつぶやきが、後に「油淋鶏戦争」と呼ばれる騒動の火種となることを、彼らはまだ知らない――。
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