卒業
「どうだった?」
「アタシは、あんまり」
「意外、谷川ちゃんがそんなこと言うなんて」
「数学が難化してね」
「こっちはそうでもないかな、物理でやらかしたけど……」
卒業式直前、こんなことを一言二言交わした。そういう彼女には自信が満ち溢れているようで、やはり彼女とは並び立てないと感じた。
証書を受け取り、話を聞いた。明日は大雪の予報なのに、春の芽吹きを感じるなどとのたまう校長がなんとも滑稽に思えた。
私は関西の、彼女は関東の大学を第一志望にして、六年生の受験戦争に挑んだ。彼女との差は、考えると辛くなるので目を塞いだ。
式が終わった直後、スマホを見る。
「うん、受かってる」
「マジ? 葉月さっすがー!」
「えへへ、ありがと谷川ちゃん」
「第一志望落ちてたらここに進学かなぁ」
併願していた、東京の私立大学に合格した。流石と言った彼女に対して、どの口で、と思った黒いなにかを、今は抑えることにした。
「後期試験の勉強、やる?」
「ムリムリ、完全燃え尽きててさぁ」
「ならさ……」
私はそのときの感情を上手く言い表せない。下心、というより企みが無かったとは言えないが、純粋な提案ではなかった、とも言えないような気がする。
「明日、私の家に来ない?」
「そういや葉月の家って行ったことないね」
「私が谷川ちゃんの家に行ったことは、2回くらいあったかな、お互いそろそろ引っ越すんだからさ、一度も行かないってのも勿体なくない?」
「そだね、んじゃ行こーっと」
企みは成功した。それでいて何故だか申し訳なさも感じた。
その日、今日こそ、私の感情に決着をつけようと、彼女を駅まで迎えに行った。
「うっひゃあ、酷い雪。葉月、これ知ってて呼んだの?」
「そうだと言ったらどうする?」
「ばーか、くず」
「酷いなぁ、冗談だって」
馬鹿、は私にとっては冗談ではないのだけど。
「ほらほら、上がって」
「お邪魔しまーす」
玄関で雪を落として、彼女は我が家に踏み入れた。
「あれ、ご家族は?」
「いないよ、母さんと父さんは出張。じゃあ、とりあえずご飯食べよ、すぐに用意するから」
「へー、葉月って料理できるんだ、楽しみ!」
期待の眼差しで見つめる彼女。そう、私は料理ができるのである、そう思って得意気にお湯を沸かし、二つのカップのふたを開けて注ぎ込んだ。
「前言撤回、料理とは言わないねそれ」
「いーじゃんいーじゃん! 結局これが旨いでしょ?」
「おいしい!」
「素直なやつめ」
二人きりのダイニングでカップラーメンを無言ですする。彼女は何を思っているのか、窓の方を確認した。
「ごちそうさま、どうかしたの谷川ちゃん?」
「いや、いい景色だなぁって」
「そうだね」
「……この街にさ、来月にはいないんだよね、お互い」
「寂しい?」
「正直ね」
えへへ、と彼女は苦笑した。それに応えて私も笑ったが、その実困惑していた。私も、彼女との別れが寂しいと気がついたから。近づいても離れても不満とは、私も大概難儀な性格だな、と自嘲した。
「私の部屋、2階にあるんだ。行こ」
「何する?」
「うーん、勉強?」
「またぁ? でも、葉月と教え合い、ってのは結構久々かな」
「そだね、多分」
受験勉強とは孤独なもので、結局この一年間、お互い話すことは減った。それがとてつもなく楽だった。
階段を二人で上る。ドアを開けて、部屋の床に座り、ドアを閉める。
「へー、葉月って意外と部屋綺麗なんだ」
「谷川ちゃんが来るから必死に片付けたんだよぉ、あー疲れた」
「どうせ引越しの時に荷造りするんだから今のうちに整理できてよかったじゃない」
「あー、谷川ちゃんの癖に正論言ってる、いけないんだー」
「なぁにがいけないのよ」
いつもの、小競り合い。その間に私はベッドに寝転がった。ぽんぽんと、ベッドを叩いて、促す。
「谷川ちゃんも、こっちに来ない?」
「んじゃ、お言葉に甘えて」
私を何も知らない、無垢な少女。それでいてこの世の全てを知っているような顔をしている傲慢な少女。そんな彼女を、私は……
彼女が隣で横になった瞬間、私は彼女に覆い被さり首を絞めた。
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