お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして
みこと。
第1話 お兄様の指輪
私のお兄様は、オーギュスト・アルエン。由緒正しいアルエン公爵家の若当主だ。
"兄"といっても、私たちに血のつながりはない。
私の実父は、小さな領地の末端貴族。戦功をたてて得た、男爵位だった。
父は先の公爵閣下の部下を務め、戦場で閣下の命を救った代わりに、自身の命を失った。
その功績と恩に報いるためと前置きされて、幼い私は公爵家に引き取られた。私には、他に身寄りがなかったから。
アルエン公爵に"娘"として可愛がって貰ったが、養子として籍は入っていない。
私の名前はラヴィニア・セリエール。依然、セリエール男爵家の姓のままであり、アルエン公爵家の"預かり子"として周知されている。
前当主が亡くなってからは、お兄様が私の保護者となった。
でもその暮らしも、もうすぐ終わる。
私は婚約中で、春にはバシュレー伯爵家に嫁ぐことが決まっている。いまは公爵家で管理して貰っている、亡き父の領地と爵位とともに。
お兄様と一緒に居られる期間も、あと僅か。
「……包帯が痛々しくていらっしゃるわ」
止血のため、頭に包帯が巻かれている。そんなお兄様の端正な寝顔を見守りながら、ベッド脇から思わず呟くと。
「うう……」
「! 気がつかれましたか、お兄様!!」
「ラヴィ? ここは……、俺の部屋か……。っつ! 陛下は? ティティ陛下はご無事なのか?!」
飛び起きようとしたお兄様が、頭を押さえてよろめいた。
「お、お兄様? 急に無理なさらないで! ご安心ください、女王陛下はご無事ですわ。崩落に気づいたお兄様が、いち早く陛下を守られたので、お怪我もなくお元気です」
私の報告に、全身で安堵されるお兄様。
(ご自分のことより、まず女王陛下なのね……)
ふいに飛来した負の感情を、慌てて追い払う。
(しっかりしろ、ラヴィニア。お兄様のご心配は、臣下として当然のこと。お兄様が悲しむことがあれば、そのほうが辛いのだから)
視察の際の事故だった。突然、高い擁壁の一角が崩れ落ちて来たという。
騎士団長として主君を守ったお兄様は、負傷して、屋敷に運び込まれた。
その時の衝撃と言ったら。お兄様がこうして目を覚まされるまで、私は生きた心地がしなかった。
「陛下から、王宮の医師が派遣されています。お兄様が気づかれたこと、知らせて来ますね」
「ああ、有難う、ラヴィ。……ずっとついててくれたのか」
そう言いながら私に手を伸ばすお兄様が、ハッとしたように動きを止めた。
視線の先は、自身の指。
「俺の指輪は──?」
(あっ……)
これを伝えると、お兄様がガッカリされてしまうけれど。
「お兄様が大切になさっていた指輪は、事故の際に壊れてしまったみたいです」
脇机のピローに乗せた金属片を示すと、あからさまにお兄様の顔が曇った。
彼が片時も外さず、ずっとつけていた指輪は、女王陛下から賜ったもの。
(お兄様はやっぱり陛下のことが……)
きゅっと、しびれるような痛みが胸を走る。
(ううん。何をいまさら。わかってたことじゃない。私とお兄様は、身分も何もかも違うんだから。いま置いて貰ってることがすでに、破格の待遇だもの。これ以上は望んじゃダメ)
私はお兄様の部屋を辞すと、医師を呼ぶよう召使いに指示をした。
自分の気持ちをそっと、抑え込みながら。
医師の見立てでは、お兄様のお怪我は幸いにも軽傷で、数日休めば職場に復帰できるということだったが。
お兄様は怪我を理由に、王宮への出仕は当分休み、屋敷で過ごすと宣言された。
「たまってる仕事もあるし、調べたいこともあるからね」
(……たまってる仕事を片付けていたら、それはお休みにはならないのでは?)
それに調べたいこととはなんだろう。
私は首をかしげたが、お兄様が自宅療養されるのは、おそばにいられる時間が増えるということ。
その時間を大切に過ごそうと思った。
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