妖魔、徒花3

「人に捨てられし醜き人の子の成れの果て……だのに人に取り入り、共生をしようだなんて……なんてあわれな、愚かな事でしょう。────この、徒花、ヒトモドキに引導を渡してくれましょう」



「来やがったな……」


 明らかに修の知っている徒花とは別物に見えた。

 人ならず者、そう振る舞っているように見えた。


 こんな事は修にとっては日常で、慣れっこのはず無のに、思わず息を飲んだ。


 それほどまでに徒花は常軌を逸していた。


 白装束の裾から伸びる手は異様に長く、先から伸びる爪は、獣、肉食獣のそれより鋭く、憎しみのこもった眼光は実体を持っていれば、身を引き裂くのも簡単にさえ思えた。


 白い息を吐き出し、肩を怒らせ修の事を真っ直ぐに見ていた。


 予備動作なしに、徒花の右手が修の方へ向けられる。


 修の目でも追えない程の速さの動きだった。


「まずい!」


 。修がそう認識して飛び退いた瞬間に、波動の如く射出された水の塊が修の体を掠めるようにして飛んでいく。


 恐る恐る水の塊の通過した後に目を向けると、地面はエグれ背後にある木を何本もなぎ倒して行く。


 バキバキバキ、ミシミシミシと音を立て、波動の通り道が新たな獣道として、そこに現れる。


 波動の進んだ道は不思議と霧が晴れていて、半里眼を使わずとも木々が粉砕された樣子をよく観察する事ができた。


 あまりの恐ろしさに、修は背筋に後寒い物を感じた。

 直撃を食らってしまえばひとたまりもない事を理解したからだ。


 しかし、それと同時に確信した事があった。


 あくまで作戦段階では推察だったものが、修の中で確信に変わった瞬間だった。


「憐れなヒトモドキにしては、素早い身のこなし、さては、貴様、ヒトモドキではないな!?」


 狂気に満ちた口上が白い霧の内部で反響して幾重にも重なって聞こえてくる。

 ────まるでやまびこのように。


 やまびこと言うのは、大きく、堅い物資に向かって音を発した時に反射する音の響きの事。


 つまり、霧は実体を持っている事を表していた。


 普通の霧なら水蒸気、空気の中に存在しているが、に関しては空気を押しのけて、霧として、物体としてそこに存在しているという事。


 人間の常識で計るなら、飽和水蒸気量を超えた、人智を越えた超常現象。


 触れることのできない水がそこにあるのと同じだ。


「徒花。どうして、お前はカッパを狙う。ここらのカッパは人を襲わない。むしろ人の中で生きようとしている。それを恨む理由はなんだ!?」


 そう言いながら、修は戦闘には向かない、着込んだ服を投げ捨てた。


「お前は……誰だ?」


 服と重りを脱ぎ捨てても、カッパの皿のように頭頂部を剃り込まれた頭髪、全身を緑色に塗られている。そして口元には曲がったクチバシ。

 それを修とは認識できなかったようだ。


「昨日世話になった子供だと言えば分かるか?まあ俺的には世話になったとは思ってないけどな、とんでもない物を食わせてくれやがってよ」


「ああ、あの時の子供────。人モドキ鍋はさぞかし、美味しかったことでしょう?」


 徒花の口元が歪な形に変容していく。

 それに修は嫌悪感を覚えるが、ぐっと堪える。


「やっぱり、あれはカッパだったのか」


 そういいながら修は自らの腹をさする。

 そして、心の中で『安らかに』と言葉をかけた。


「裏手にあったのはその残骸だな?」


「……小屋から出てきてないのに、を見たのか。思っていたより、強い力を持っているのか。あの時、確実に始末しておくべきだった……」


 そう言った直後、ボサボサの長い髪を猫の毛のように逆立てて、薄幸であっても美しい顔がおぞましい形相に変貌して行く。


「ヒトモドキに化け、私の事を欺こうとしたヒトモドキに対する罰を」


 徒花が両手を体の正面に身構えると、修の前方、五メートル程の場所に、水の塊が生成されていく。


 一センチ、十センチと秒もかからずに成長していき、気がつけば、直径五メートル程の塊となる。


「憐れなヒトモドキよ屍となり、人々の糧となれ!」


 水の塊が修の体に向かってくる。


 気がつけば、顔以外の身体は質量のある霧による圧迫で、身動きが取れない。


「ぐっ!?」


 次の瞬間、五メートル大に成長した水の塊が修を飲み込んだ。


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