妖魔、徒花1

 カッパと話し合いをしてから数時間後。


 修と麗は向かい合って座っていた。


 少し前のめりになれば、顔どうしが触れてしまいそうな距離。


 麗の吐息がかかり、修は思わず顔を逸らす。


「修さん!しっかりこっちを向いていて下さい!」


 真剣な表情の麗から怒号が飛ぶ。


「あ、ああ」


 健全な男子なら分かることだろうが、こんな至近距離に美少女がいたならば、目を逸らしてしまうのは条件反射みたいなものだ。


 ある意味だと言ってもいいのではないのだろうか。


 しかし、そんな修の内心を理解する事が出来ない。いや、しようとも思っていない麗は修の顔を両手で持つと、ぐいっと自分の方へ向けた。


 麗のキラキラとした真っ直ぐな瞳に射抜かれて、修は思わず目線を逸らした。


 視線を外す事に異論は無いようで、麗は作業を続けるべき、修の顔へ手を伸ばす。


 修は思わず生唾を飲み込みそうになったが、それを我慢して、素数を数える事にした。

 平常心を、保つにはそれしか無かったのだ。


 しかし、修は1から数えてしまっていたから既にその思惑は破綻していた。

 本人は全く気がついていないが。


 麗は修の顔へ手を伸ばし、ペタペタと何かを塗りつけていく。


「修さん」


「ん、なんだよ?」


 修は視線を合わせないままに生返事を返す。



「どうして、カッパさんは、肌の色が緑色なんでしょうか?」


 当然、そんな答えを修は持ち合わせてはいない。

 少し考えてみても分からなかったから適当に答えた。


「……キュウリばっかり食べてるからじゃねえか」


「なるほどです。それでこんな色になってしまったのですね。だとするならば、人間と変わらない物を食べれば我々のようなページオレンジになるのでしょうか?」


 適当に返した答えだったのに、麗は真に受けた樣子で返してきた。


 肌の色なんてきっと生まれつき決まっているはずだ。

 動物の毛皮だって、食べるものは同じでも千差万別。猫一つをとっても無限にあるようにすら思える。

 しかし、勘違いさせておくのはそれはそれで面白いかもなと思った修は、心の中でほくそ笑んで「そうかもな」と答えた。


「だとするならば、私たちがキュウリを食べ続ければ、こんな事をしなくても、修さんの肌の色も緑色に変わるのでしょうか?」


 そんなわけ無いだろと修は思っていたが、それは修の勉強不足。実際には栄養の偏りにより、肌が緑色になることはなくても、黄色くなってしまう事はあるのだ……


「かもな」


 修は吹き出すのを我慢しながらにそう答えた。


 麗は関心したように、「修さんは物知りですね!」なんて言ったもんだから、肩を小刻みに震わせてなんとか笑ってしまうのは耐えた。


 普通の人間なら気がついている修の変化だが、麗は天然なのか気がつく樣子はない。


「よし、お顔はできました!」


 麗はそう言うと、立ち上がり、パタパタと小走りで走っていくと、その辺りを歩いていたカッパに何事かを告げた。


 そして、すぐに麗は修の元へすぐに戻ってくると、程なくしてカッパによって桶が運ばれてきた。


 並々に水が注がれた桶。


 その桶が修の目の前に置かれた。


「どうぞ、ご覧ください」


 麗に促されるままに、修は桶を覗き込む。


 どうやら鏡の代替品のようだ。


 恐る恐る修は桶を覗き込むと、そこには緑色の肌をした、カッパモドキみたいな人物が写り込んでいた。

 それは紛うことなき、修なのだが。


「どうでしょうか?」



「くちばしなんかつけりゃ完全にカッパだなこりゃ」


「ですよね」


 そう満足そうに頷く麗。


「でも、一つだけ不完全な所があると思うのです。私たちは欺こうとしているのだから、完璧を目指すべきだと私は思うのです。カッパさんお願いします!」



 麗の号令でカッパ達が修の周りに寄ってくると、修を羽交い締めにした。


「何考えてんだ?」


 麗の手にはカミソリが握られていた。


「修さんはカッパになるんです。だとするならば、その頭はちょっと……多すぎるとは思いませんか?」



「えっ、おい、……ちょっと待て。そこまでしなくても別に方法が。ってお前らも離せ」


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