カッパの里5

 正体も分からぬ者にいざなわれるままに霧のトンネルを進んでいく。


 修も辺りを警戒していたし、修の集中を感じ取っていたからか麗も黙って歩いていた。


 霧の晴れた縦横二メートル程の道は、ただ真っ直ぐに続いていた。地平線すら見えそうだなと修は思ったが口には出さなかった。


 先ほど通ったはずのあぜ道も田んぼも何も無かったかのように、未舗装の道がただただ続いている。

 未舗装といえど、石ころなどは転がっていないし、雑草なども生えていなければ獣道のように地肌が荒れたりはしていない。

 まるで誰かが整地でもしているような平坦な道。


 いつどこから敵が出てきてもいいように、修は深く深呼吸をして気を引き締め直す。


 修が深呼吸を終えたちょうどのタイミング。突如右手が強く握られたのだ。手を握った主である麗の方に目を向けると、あり得ない事が起こっていた。


「修さん。これって……」


 


「どうなってんだ……これ?」



 通ってきたはずの道は霧に閉ざされ、霧の壁が背後を塞ぐように迫ってきていたのだ。



 修と麗は口にしないが理解する。戻る道はなくなってしまったということを。


「隠れているなら出てきやがれ!お前が居るのは分かってるんだよ!」


 修はハッタリの意味も込めて、周囲を威嚇するように怒声を上げるが返答はない。むしろ霧が声を吸収してしまっているようで、防音室の中に居るような錯覚を覚えた。どうも居心地が悪い。


 


「えっ……嘘……修さん、後ろ!」


 麗に促されるままに背後に目を向けると、そこに霧のトンネルはなくなっていた。


「嘘だろ……」


 丸いドーム型の形に残されたスペース。それが修と麗に残されたわずかな陣地だった。


 修は霧の壁に手を伸ばす。弾力に阻まれ入れない事を確認。外界と周りに残されたスペースとで、完全に隔絶されてしまった事を理解をした。


「だったらもう一度」


 修は麗から手を離し、左耳に着けられている羽根の耳飾りを外し、構えると霧に向かって振り下ろした。


 強い突風が吹くが、霧を吹き飛ばす程の威力はない。


 少し揺らぎが生じただけで、少し霧が吹き飛んだ部分を補修しにかかる。


「霧を吹き飛ばす程の妖力はまだたまっていなかったか」


「どうしましょう?」


 不安そうな表情で麗が修を見あげるが、修は何も答える事が出来なかった。


 修の不完全な力では、この状況を打破するには至らないと理解していたからだ。


「……」


 しばらくの沈黙の後、修は唇を噛み締めながら麗と真っ直ぐに向かい合った。


「奥の手を使う。あんまりやりたくなかった事だけどな」


「な、何をするつもりですか?」


 修は「こうするんだよ」とニヒルな笑いを浮かべた後、顔を上方に向け、叫んだ。



「やい大天狗!人の私生活を覗くのが趣味のお前のことだ。この状況だって見てんだろ!?なんとかしろよ!助けろよ!お前なら何とかできるんだろ!」


 麗は何が起こったのか分からずに、少し怯えたような顔をするが、自身の胸を二度トントンと叩くと、修に声をかけた?


「どうしたんですか?突然……天狗って」


「気でも狂ったと思ったんだろ?まあそう思われても仕方ねえよな。実は俺はさ────」


 修が何かを告げようとした瞬間だった。


 突如物凄い突風が修と麗を襲ったのだ。

 厳密に言えば、それは霧に向かって放たれた物だ。おかげで霧は霧散した。しかし、あまりの風圧に麗はおろか、修すらも吹き飛ばされてしまったのだ。


じゃろうが』

 

 吹き飛ばされる最中、修の脳内ではありがたい天狗の言葉が流れていた。

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