カッパの里3
マズイことになった。修は内心そう思っていた。もちろん顔に出すことはしないのだけれど、修達の目指す目的地。
山頂付近には、黒々とした雲がかかり、時折ピカピカと雲の合間から光が見える。
修達から見て風の流れは向かい風、こちら側に黒雲がやってくるのは時間の問題だった。
三月下旬から四月上旬にかけては天候が変わりづらいと授業で聞いたことがあったなと思い出し、天気の事まで頭が回っていなかった自分自身を心の中で叱責していた。
雨に備えた装備は何一つ用意していない。
特異体質の自身が濡れるのは構わないと思っていたが、普通の人間である麗が雨に濡れて体長を崩されては後味が悪い。
臣一に怒られるのが怖いと言うのが本音ではあるが、それは思考している本人、修ですら気が付いていないことだ。
修は自身の力を使い、数百メートル先の樣子を探る。大天狗のように千里眼とまでは行かないが、半里先までなら見通せる眼は持っているのだ。
「だめか……」
歩き続けて二時間余り。見渡す限り民家もない所まで歩いて来てしまっていた。
「どうかされたんですか?」
五歩分程前を歩く麗が、修の独り言を聞いて振り返る。
楽しく会話して歩いていたのも最初の一時間程、ここ一時間は会話と言う会話もしていなかった。
誤魔化すべきかとも考えたが、このまま行けば最悪の事態を迎えかねない。
観念して正直に話をする事にした。
「麗には見えないかもしれないけど、山頂の方に黒い雲がかかっていてな、かなり強い雨を降らせているみたいなんだ。このままだと、その雨雲がこっちにやってくる」
麗はくるりと身を翻すと、目の上あたりに手を当てて、山の方を覗き込むようなポーズを取った。
「雨が降っているのはみえませんけど、確かに黒い雲がかかっていますね。修さん本当に目が良いのですね!」
「おそらく、あと十分もしないうちにここまで雨雲が到達すると思うんだ。念の為に確認するが、雨具なんか持ってたりしないよな?」
麗はくるりと修の方に向き直り、泣き真似のようなポーズをみせ、その後に深々とお辞儀をした。
「残念ながら持ち合わせはありません。失念してました。お役に立てず申し訳ありません」
「謝る事はないさ。俺だって持ってきていなかったんだから。仕方がない。少し雨宿りをしていくか」
「雨宿り……ですか?こんな何もない真っ直ぐな一本道で」
「そこのあぜ道を抜けていった先に、小さな洞窟があるみたいなんだ」
修は右手の方を指さすが、常人には小さな山のような物があるようにしか見えないはずだ。
しかし、常人の視力ではない修の眼はしっかりその洞窟を捕らえていた。
「あの小さな山みたいな所ですか?」
「ああ」
「でしたら急ぎましょう!」
麗は電車を降りた時の疲れは見せず、どこか楽しそうにあぜ道の方に走り出した。
「気をつけろよ。舗装されてないから、あまり走るとあぶ────」
修が最後まで言い終わる前に、麗はあぜ道に踏み入った所で立ち止まり、悲しそうな顔をして振り返った。
「どうかしたのか?」
「なんか、ムニュッとしたものを踏んでしまいました」
修が近づき、麗の足元に顔を近づけると、なんとも言えない、嗅いだことのある吐き気を催しかねない臭いがした。
「……あとで洗うとして、とりあえず前に進むぞ」
修は何も見なかった事にして、麗のスーツケースと自らのスーツケースを抱え、半里眼を使い、爆弾を回避しながら洞窟へ走った。
修は爆弾を全て回避したが、麗が何度か踏んでしまったのは此処だけの話。
せめてもの救いか、麗が洞窟内部に到達したタイミングで、雨が降り出した。
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