第6話 クラスメートが頼りになりがち

 適度な三角締めで、全身の凝りも取れて体が軽くなったカナタ。

 部活動を終えると教室へと移る。

 自分の席に着席すると、ただぼんやりと時間を過ぎるのを待つ。クラスに話し相手などいないから。今朝のマシロの言葉が棘になって胸に刺さる。

『クラスで誰かと話しているところ、見たことない』


 俺たちの当面の目的は「大罪の魔女」を見つけること。そして、今できるのは情報集めだ。オンラインがアゲハの領分だとしたら、自分にできることは生の情報集め。

吸血鬼のときと同じように、生徒たちの噂の中にヒントがあったりするんだと思う。

 来週は終業式。一年生も終わる。

 俺も少しは自分の殻を破る必要があるんじゃないか? だって、主人公なんだし。


「よう、東士郎。昨日はありがとうな」


 東士郎あずましろう。ウェーブがかったワカメのような髪と、派手なフレームの眼鏡をしたひょろ長いの男子生徒。カナタに吸血鬼の噂を教えた人物だ。


「ほう、どうした。どうした」


「吸血鬼の話、友達に話したら、すごく受けてさ。感謝までされちゃったよ。ああいう噂話があったら、また聞かせてくれないかな」


「オッケー、オッケー。まかせとけって吾佐倉好みの噂話をダースでお届けするぜ」


 すでに述べたように、元・女子校である籠学園では現在でも男子が少数派だ。30人クラスに10人。それが自然と陰キャ・グループと陽キャ・グループに分かれる。

陰キャ・グループの中心人物が東士郎。デカスロンという二つ名を持つ男だ。

 デカスロンは十種競技のことで、彼の場合、漫画、小説、アニメ、特撮、映画、ゲーム、アイドル、音楽、歴史、パソコンと手広くオタク趣味を修得した最強のオタクの称号らしい。社交的な男で、籠目学園・陰キャ男子ネットワークの中心人物でもある。

 クラスメイトとほとんど交流のないカナタでも、彼とだけはたまに話をするのは、圧倒的な話しやすさゆえだった。幅広いオタク知識による受けの広さもさることながら、陰キャ相手に話慣れていて、無駄なプレッシャーを与えることがない。


「これなんてどうだい? 恐怖のタピオカ・モンスター。ブームが終わって下水道に捨てられたタピオカが工場排水に含まれた化学薬品の影響で知性を持ったって話なんだけどさ」


「それ、本気で言ってる?」


「いやぁ噂話だから自己責任でお願いしまーす」


「だよなぁ」


 そんな欲しい情報ばかり手に入れば苦労はしない。

 それに社交的な東士郎とはいえ、所詮は陰サイドの人間だ。

 情報網を広げるためには陽キャサイド、それも自分たちが立ち寄らないような少し大人の世界に足を踏み込んでいるような人物。

 カナタには一人、思い当たる人物がいた。

 穂先淳和ほさきじゅんな。陸上部所属で健康的な天然小麦肌の女生徒なんだが、部活一辺倒というわけでもなく年相応にギャルめいている。

 スカートは短いし、制服は崩して着用。肌の露出アップ。だからといって男を誘惑するのが目的ではないというのだから、おそらくは社会のルールを破壊することが目的化している無政府主義的ファッション志向というべきものなのだろう。走るのには邪魔だという理由で短髪にしておきながら、ライトブラウンとピンク髪のカツラ、世間ではエクステとかいう代物まで常備している徹底ぶりだ。

 まぁとにかく、穂先淳和ほさきじゅんなは部活動に勤しみ、世間の流行にも敏感で、人足先に大人の階段を登っている、カナタとは全く正反対の存在だった。だから、彼女のことを深く考察するとカナタは頭がくらくらしてくる。彼女は青春を満喫するために夜のバイトなどにも手を出しているとの噂を耳にしたことがある。


 穂先と親しくなれば、貴重な情報源になるかもしれない、俺とは違う世界の住人だけど、同じ高校生じゃないか。案外話しかけてみればいい奴かもしれない。

 カナタは自分の殻をぶち破ってみることにした。


「あのう、穂先さん。ちょっといいかな」


 仲のいい友人二人と談笑中の割り込んでみる。


「なんだ、吾佐倉じゃん。何か用?」


「ええっと、あのさ。いきなり話しかけて、何だコイツとか思ってるかもしれないんだけどさ……」


「うちらも暇じゃないんで、言いたいことがあったらさっさと言いなよ。言わないと殺すよ?」


「こ、殺さないでほしいな。あのさ、穂先さんは噂話とか好き?」


「私が噂話が好きだったら、何か起こるの? 納得できないような話なら中指耳の穴ツッコんで脳みそかき混ぜるよ?三半規管ぐちゃぐちゃだけどいいの?」


「あ、ごめん忙しそうだから、俺、席に戻るね」


「お前なぁ。話しかけたんなら、言いたいこと最後まで言うべきだろ。どういう教育受けてきたんだよ。5秒やるから話なよ。それ過ぎたらへその穴から虫垂引っこ抜いて、二度と盲腸になれない体にしてやるからさ」


「えっと、この間吸血鬼の噂とか聞いたんだけど、俺の友達がそういうのが好きで、なんか面白い噂を聞いたら教えて欲しいなっていいたかったんだ」


「ふーん、だってさ」


 穂先は仲間たちと顔を見合わせる。吸血鬼の噂とかあったねーとかひとしきり盛り上がるけれど、もうカナタへの興味を失っていた。


「え、人生ってハードモードなの? てかナイトメアモードだよね」


 [クラスメイトに話しかける]。そのミッションを甘く見たカナタに下された鉄槌だった。

 カナタは席に戻ると机に伏して、自分の世界へと閉じこもることにした。


『努力すれば報われる そうじゃないだろ。報われるまで努力するんだ』byメッシ


                  ◇


 もはや授業は学年末テストの解説と講評だけだった。

 予習が要らないので気楽なものだ。

 4限目は数学A。特に眠たくなる奴だ。

 

「今日はさっさと帰ろう。布団に入って寝よう……」


 カナタの精神はすっかり摩耗しきっていた。


「アゲハは今日も遅くなりそうだしなぁ、先に帰ったら怒るかな……」


 暇を持て余し教室を見回してみると、マシロが真剣に教師の解説を聞きながらノートを採っている姿が見えた。彼女の成績なら解説など聞く必要もないのだろうが、生来の真面目な性格ゆえか、クラス委員長という役職ゆえか。

 東士郎は内職中。動画配信用の台本を書いてるようだ。東士郎はコンテンツ解説系のチャンネルを運営している。アニメ、漫画、ラノベにゲームその一つだけでもリアルタイムで追いかけるのは大変だ。それを同時にこなすあの男はデカスロンの名にふさわしい鉄人である。

 そして、穂先ジュンナ。すべてを諦めて無の境地に入っていた。つまり、今のカナタに最も近いのが彼女だった。目の焦点はあっておらず、向こうの世界に旅立っているようだ。

 やがて授業終了のチャイムが鳴るとカナタは勢いよく立ち上がり、教室から飛び出した。


「中庭で錦鯉でも観察しながらパンを食うか」


 学園には食堂も完備されているが、それほど食欲もわかない。ソーセージパンと牛乳で十分という判断。中庭の池の近くは湿度が高く、快適指数が低いので生徒はあまり近寄らない穴場であった。


「吾佐倉彼方くん、吾佐倉彼方くん、本日放課後、天喰あまばみ先生の元に来るように。繰り返します。吾佐倉彼方くん、吾佐倉彼方くん――」


 校内放送で自分の名前が出たことにぎょっとし、天喰あまばみ先生の呼び出しだと知って、再びぎょっとする。まったく今日はなんて日だ。

 天喰あまばみ先生か、特に対人能力を消耗しきっている今の状態では会いたくない相手だ。

 しかし、教師。それは学園中の情報が自然と集まってくる立場にある。大人たちであれば、生徒よりもずっと確度の高い噂を集められるんじゃないだろうかと思いつく。


「先生の誰かに協力してもらう?」


確かにそれは名案に思えた。問題は、誰に頼むかである。

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