急転直下
銀河とジルヴェルがビルを次々と飛び交いながら激突していく。鋭い一突きは長剣によって受けられるも、膂力によってその防御ごと無理やりジルヴェルを吹き飛ばした。
ギャラクシーモードと化したシルバーオーダーのスピードとパワーは、さっきまでとは比べ物にならないほど強化されているのだ。
吹き飛ばされたジルヴェルは高層マンションの屋上のフェンスを突き破る。床に両足を着けてコンクリートを抉りながら身体を止めた。
そこへシルバーライドを足場にして飛び込んできた銀河がシルバースピアを叩きつける。ジルヴェルは長剣でそれを受け止めた。二人は鍔迫り合いのような格好になる。
ジルヴェルの口はこんなときでも減らない。
「なるほど。正規のオーダースーツやオーダーウェポンは適量のオーダーエナジーが適切なスピードで巡ることでその性能を維持している。本来はシステムを弄くってそれを調整することはできないが、シルバーオーダーは例外というわけか。オーダーエナジーの循環を意図的に暴走させ、限界以上の力を引き出しているね」
銀河は何も答えなかったが、実際、シルバーオーダー・ギャラクシーモードの原理はジルヴェルの分析通りであった。普段はオートで循環しているオーダーエナジーの量と速度を超強化しているのだ。
ジルヴェルは愉快げに語り続ける。
「ファイブオーダーも君もオーダーエナジーの循環により力を得ているわけだから、その循環するエナジーの量と速度が上がれば当然力は増す。だけど惜しいね。それを必要な場面に応じて瞬間的に行えるようになって、ようやく先代たちと互角ってところかな」
「なにっ? どういうことだ⁉」
聞き捨てならないことを言うジルヴェルに銀河は食ってかかってしまう。
「ふふっ、自分で考えなよ。敵にヒントを求めるのは感心しない」
「じゃあ意味深なことを言うんじゃねえ!」
「あははっ! それもそうだ。けどまあ、今僕が言いたいのはさ……限界以上の数値を常時発揮し続けるだなんて、とても長持ちするとは思えないってことだよ!」
この推測も正しかった。ギャラクシーモードの維持は五分が限界であり、使用後は長時間に渡ってシルバースーツを巡るオーダーエナジーの量と速度が大幅に削られる。凄まじく弱体化してしまうのだ。まさに諸刃の剣。
銀河の視界には制限時間のカウンドダウンが赤く表示されている。残り三分。銀河は得物を握る手に力を込めた。ジルヴェルがやや押されながらも得意げに告げる。
「図星のようだね。つまり、僕は時間を稼ぐだけで勝利することができる、と……。でも、そんなセコいことはしない。真正面から、君の制限時間以内に叩き潰すさ」
「やれるもんならやってみやがれ!」
二人のギアが上がり、赤いエネルギーと黒い波動が周囲の床を抉り飛ばし、フェンスをぶち抜いていく。
「うおおおおおお!」
「はああああああ!」
咆哮する両者。制限時間は残り二分。銀河はシルバースピアの石突からエナジーを噴出させるギミックを全開にし、ジルヴェルを弾き返そうとする。……そのときだった。
ジルヴェルの身体が驚いたようにびくりと震え、勢いよくバックステップをしたのだ。鍔迫り合っていた相手が急に引き下がったため、銀河はバランスを崩して前方へつんのめってしまう。どうにか踏ん張ったため転びはしなかったが、隙を突かれることを覚悟した。
しかし、どういうわけかジルヴェルは立ち尽くしたまま硬直していた。制限時間の関係で相手の出方を伺う暇のない銀河が距離を詰めようと踏み出したところ、
「くくっ、あっはっはっはっはっ!」
ジルヴェルが突如として大笑いを発した。くぐもった笑い声が屋上に響く。これには流石の銀河も警戒してしまい、攻勢への意欲が削られてしまった。
「なんだっ、急に? 結局時間稼ぎか?」
苛立たしげに吐き捨てる銀河。ジルヴェルは彼を真っ直ぐ見つめると、姿を金髪の青年スタイルに戻した。闇が晴れ、軽薄な笑みが露わになる。
「なんのつもりだ?」
警戒を解かない銀河にジルヴェルは髪をかき上げながら言った。
「ここは引くことにするよ。……まさか、こうなるとはね。ここまでは流石に考えていなかったよ。ふふっ。面白そうだからしばらく様子を見させてもらうよ」
「はぁ? 意味わかんねえことをぺちゃくちゃと……。相変わらず勝手な野郎だな」
正直、一人では勝てる見込みが薄いと思っていた銀河は少しだけほっとする。尤も、声音にも態度にもそれを出しはしなかったが。
「意味はすぐにわかるよ。……期待してるよ、シルバーオーダー。ファイブオーダーともども、せいぜい踊ってくれたまえ」
そう意味深なことを呟くと、懐から取り出したスイッチを押した。闇が瞬いてジルヴェルの姿が消失する。残ったのは戦いの痕と、依然として赤く暴走するオーダーエナジーを纏った銀の戦士だけだった。
◇◆◇
ジルヴェルがヤミビトを出現させた地点に戻った桃子が見たのは、両手にオーダーガンとオーダーソードを携えた三人……蒼也、瑞黄、黒斗の姿だった。全員がどこか釈然としていないような、深刻な表情を浮かべている。……そう、表情がわかるのだ。桃子も含めて他の三人とも生身の姿になっている。
「皆さん、これは……一体、どういうことなのでしょうか?」
合流して開口一番に桃子が尋ねた。通信により安否確認は行っていたのだが、この状況下においてもメンバーの姿にはやはり安心感があるのか、気が張っていた肩が落ち着く。
黒斗が小さく首を振った。
「わからない。みんなの話を総合するに、どうやらオーダーチェンジが一斉に解除されてしまったみたいだ。再変身も、できない」
「ヤミビトを一掃できたと思ったらこれって……何が何やら……」
瑞黄が腕を組んで苛立たしげにを吐き捨てる。……ヤミビトに分断させられ単独で戦っていた四人。通信によって、全員がヤミビトを殲滅したことを確認し合った途端、どういうわけか本人たちの意志とは無関係にオーダーチェンジが解除されてしまったのだ。オーダーウェポンの類は一旦変身中にオーダーブレスに収納しなければ消せないので、武器だけが残された形となっている。
桃子は周囲を見回し、思い人の姿を探した。
「あ、あの、真紅郎さんはどこに?」
蒼也が小さくかぶりを振った。
「わからん。あいつはいつも、戦闘中は集中しすぎて通信に応答しないからな。今も通信に出ない。銀河はギャラクシーモードを使っているせいで通信が繋がらない。……真紅郎の変身が戦いの最中に解けていたら、まずい」
「は、早く探しにいきましょう……!」
桃子が駆け出そうとしたそのとき、四人の足元に闇の波動が撃ち込まれる。
「ぐああっ!」「くっ……!」「うわっ……!」「きゃあっ……!」
巻き起こった爆発と衝撃波にアスファルトを転がる四人。態勢を立て直すと、ヤミビトとの戦闘では姿を見せなかったジャミンガーが立っていた。モニターの顔は心底愉快げな表情をしている。
「ジャ〜ミジャミジャミジャミぃ! 生身で突っ立っているなんて、逃げたと思ったジャミか? 確かにちょっと逃げたジャミけど、あんなもん見ちまったらそりゃあゲームを続行するジャミよぉ?」
「ちっ……! こんなときに……!」
蒼也が忌々しげに舌打ちをする。
立ち上がった桃子がオーダーブレスに右手をかざし、
「オーダーチェンジ」
その掛け声を宣言するも、何の反応も起こらない。
「変身解除後のインターバル、一分はもう経ってるのに……。やっぱり変身は無理みたいね。この状況、結構、ヤバくない?」
瑞黄が冷や汗を流しながら言った。ファイブオーダーはどれだけの短時間変身、長時間変身に関わらず、変身解除後は再変身まで一分が必要なのだ。尤も、彼女の言葉通り一分は既に経過しているのだが。
黒斗が悔しげに頷く。
「一旦引いた方がいいかもしれない。銀河もギャラクシーモードを使っているなら戦闘の続行は困難だ」
「そ、そんな……! 真紅郎さんを置いていくんですか⁉」
桃子の反論に黒斗は二の句が継げなくなった。
彼らの様子をジャミンガーが笑いながら見つめている。
「仲間割れジャミか? まあ、そうだろうなあ、ジャミぃ。あんなことやってるくらい──ぐへぇっ!」
通りすがった赤い流星がジャミンガーを吹き飛ばした。銀河が参上したのだ。彼は立ち上がろうとするジャミンガーに一足で近づくと、連続の突きをお見舞いしてやる。
「ぐごおおおおおっ、ジャミぃ……⁉」
床を転がっていくジャミンガーを尻目に、
「お前ら、なんで生身⁉」
銀河がオーダースピアを構えながらつっこんだ。それに瑞黄が答えるより先に、ジャミンガーが自身の足元に闇の波動を放った。
「戦略的撤退ジャミ! せいぜいお前らは仲間内で潰し合ってろジャミ!」
砂埃が舞い上がりジャミンガーの姿を隠す。銀河は慌てて煙の中に突撃しようとするも、纏っていた赤いエネルギーが落ち着きを取り戻し、青色へと変化してしまった。ギャラクシーモードの時間切れである。
砂埃がビル風にかき消されると、ジャミンガーの姿はなくなっていた。銀河はオーダーブレスをタッチし、変身を解除する。
(あいつ……なんか妙なこと言ってたな)
その言葉を咀嚼するより先に、桃子が駆け寄ってきた。
「銀河さん、一緒に真紅郎さんを探してください! 事情はその最中に説明しますから!」
「お、おう……」
普段はお淑やかでおとなしい桃子の切羽詰まった様子に銀河は呆気に取られる。
「真紅郎がヤミビトと戦っていたのは確か、あっちの方だったな」
蒼也が東にある大きな道路をオーダーソードで指し示す。五人は頷くと、そちらへ向かって走り出した。途中、銀河は四人から事情を聞かされる。
「ヤミビトを倒し終わったところで変身が解けて、おまけに変身ができなくなっている……か。みんなのとは規格が違うシルバーオーダーはともかく、それで真紅郎の変身だけが解けていないとは考えにくいな」
どことなくする嫌な予感が銀河の心を蝕んでいく。
斯くして無人の道路に出る五人。事故を起こした車が何台もあり、それらの車両の陰を一台ずつチェックしていく。アスファルトやコンクリートの破片など、真紅郎が戦っていたと思しき痕跡はいくつもあるが肝心の本人がどこにも見当たらない。もちろん、ヤミビトの姿もなかった。
「ヤミビトがいれば僕たちに襲いかかってきているはずだよね。慌てて逃げたジャミンガーにあいつらを回収する余裕はなかったはずだし」
黒斗の呟きに銀河は頷き、
「ジルヴェルも目の前で撤退したが、そんな素振りは見せなかった。真紅郎はヤミビトを掃討したんだろうな」
「それなら、きっと無事ですね」
ほっと胸を撫で下ろす桃子。しかし銀河は逆にその事実に不安を掻き立てられてしまう。
(ジルヴェルの奴も、妙なことを言い残していった。まああいつは普段からあんな感じだった気もするが、ジャミンガーの発言はどうなんだ? 奴は最後、なんて言っていた?)
「おい、あそこ!」
辺りを見回していた蒼也が一点を指差した。四人が釣られてそちらを向く。ビルとビルの間、人一人通るのがやっとな狭い路地を五メートルほど進んだ場所に、見覚えのある赤いジャケットを着た男が肩を壁に預けて座り込んでいる。背中を向けているが間違えようもない。何なら左手の傍らにはオーダーガンも落ちている。
「真紅郎!」
瑞黄が声をかけるが反応はない。その瞬間、銀河の感じていた嫌な予感が確信とともに他のメンバーにも伝播したようだった。五人は一歩ずつ路地の入口へと進んでいく。やがて、先頭を歩いていた桃子が絶望の表情とともに足を止めた。
「し、真紅──」
最悪の想像をした医学生の黒斗が弾かれたように動いた。彼は桃子を押しのけて路地に入り込むとぴくりとも動かないリーダーへと駆け寄ろうとして、すぐに立ち止まる。
「こ、これは……」
愕然と呟く彼が見たもの……黒斗の背後から肩越しに覗いた銀河にもわかった。ジャケットの背から血に染まった鋭利なものが飛び出している。銀河は思わず四人の手元を確認した。……オーダーソード。鈍い光沢を放つ金色の刀身が久遠真紅郎の心臓を刺し貫いていた。
──せいぜいお前らは仲間内で潰し合ってろジャミ!
──ファイブオーダーともども、せいぜい踊ってくれたまえ
銀河の脳裏に、敵対者たちの捨て台詞が反響した。
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