ラブコメしてると思ったら、俺達は血に染まる。

@coreboon1994

第一章・日常からの変わりゆく世界

第一話・日常

寝起き直後のボンヤリとした頭のまま、カリカリに焼かれた食パンを手に取る。

スマホを見ながら席に座った姿を見て、母は僅かに顔を顰めた。


「亮、あんたご飯食べる時くらいはスマホから手を離しなさいよ」

「…はいはい、了解了解」

「返事は1回よ。まったくもう…」


朝食の食パンに齧りつきながら片手にはスマホを持つ。

適当にネットニュースをスクロールしながら、幾つかの記事を流し見する。

母も呆れた様子だったが何時もやってる事だから勘弁して欲しい所だ。


「………ん?これは」


とある一つの記事が目に止った時、母がリモコンでテレビを付けた。

画面には朝のニュース番組が流れる。


『―――次のニュースです。本日早朝、〇〇県〇〇区内の住宅街で、女性が倒れているのを付近の住人が発見。女性は病院に運ばれましたが、間もなく死亡が確認されました。遺体には目立った外傷がなく、警察からは心臓発作によるものだと発表されていますが、付近ではこれまでにも同様の事件が複数発生している事もあり何等かの関連性があるのではないかと調査が―――』


「〇〇区って……怖いわぁ、すぐ近くじゃない」


不安気な母の呟きが聴こえる。

ネットニュースでも同様の記事があった。

連続変死事件と題したこれと同様の事件はこれで4件目となり、全て〇〇区周辺で発生しているのだとか。

全く同じ死因、同じ地区周辺でとなれば、色々と勘繰って推測する輩が増えるのは仕方がない。


「……ごちそうさま」


ふと確認した時刻が8時を回ろうとしている。

ゆっくりし過ぎたみたいだし、そろそろ出るか。


咥えていた食パンを一気に口に突っ込むと、一緒に出されていた少々温くなったコーヒーで流し込む。

ブレザーを羽織って、鞄を持って……準備よしだ。


「母さん、行ってくる」

「ん、行ってらっしゃい。ご飯の準備もあるから帰る時は電話ちょうだいね」

「はーい」


忙しなくしながら、軽く手を振って玄関を出た。

我らが一軒家から出た直後、異様に眩しく感じる日差しに思わず顔を伏せてしまう。


「今日も快晴ってね」


少し歩けば俺と同じ様に登校中の学生の姿が見えてくる。

何時もと変わらない始まり、物騒な事件があろうと、所詮は記事やテレビの向こう側の話だという認識でしかない。


それこそ、自分達の身に危険が降り掛かるだなんて、思いもしないんだから。








俺が通っている『春日原学園』の敷地は、それはもう広大だ。

中等部から高等部に続くエスカレーター形式のこの学園内には、巨大な校舎と多くの学生達が利用出来る程の、相応に充実した憩いの場が用意されている。

土日には一般公開もされている自然公園には小さな子供達が遊べる様に遊具の設置や、各所には複数のベンチとイートエリアとも言えるスペースが設置されている。


故に昼休みとなれば弁当等を持ち寄って、この自然公園に多くの学生達が集い賑わいを増していくのだ。


「……………ふぅ」


自販機で購入したジュースを飲む。

周囲には仲の良い友人同士で、身を寄せ合って各々の時間を過ごしている光景。

それは他愛もない世間話であったり、部活の話だったり、恋バナだったり。

これぞ学生のあるべき姿、此処には若人達の青春が詰まっている。


「―――こ・う・さ・か!!」


何て事を考えていた俺の頭に突然の衝撃。

気付けば後ろからはたかれて、そのまま俺の肩に手を回してきた輩がいた。


この時点でまたかと溜息をついてしまう。

俺に絡んでくる奴は限られているが、その絡み方まで見ると顔を見ずとも誰なのか分かるものだ。


「……お前って奴は」

「へへ、いいじゃん別に~」


相手は赤みの強い茶髪はショートボブで、大きな瞳が眩しい見た目は麗しい少女。

しかし、これも慣れと言う奴だろうか。それとも幼馴染という関係性だからこその気安さか?

だが俺は過度なスキンシップは、同性の友人同士だからこそ成り立つものだと思っている訳で。

こんな風に身体を密着させながら手を回してくる女相手には、もう少し慎みとやらを憶えて欲しいと思う次第である。


「…高町、俺は見ての通り一人静かに昼休みを過ごしていたんだが」

「一人寂しくの間違いなんじゃないの?そんな君へ、あなたのBestFriendが絡みに来てくれましたぁってね?」

「うっさいわ。無駄に発音良く言いやがって」


幾ら言おうと変わらん奴だ。

俺に絡んできたクラスメイト―――幼馴染である高町 百合にされるがままになりながら残りのジュースを飲み干そうと缶を口元に近付ける。


「あ!喉乾いちってるからそれちょーだい」

「え、ちょっ」

「―――ぷはぁー!炭酸染みるわぁ!けど次からはオレンジね。グレープは個人的にイマイチだからさ?」

「こいつ…」


が、それを何の躊躇もなく横から搔っ攫い飲み干すこの女はどうしてくれようか?

異性?間接キス?今更そんな事でドギマギするものかよ。

そんな段階はとっくに過ぎている今となっては、野良猫を相手をしている様な気分が勝ってしまうのだ。


「……もう勝手にしとけ」

「うん!そうするー!」


まあ、これも言っちゃなんだがよくあるやり取りだ。

自身のペースをすぐに乱してくるからついムキになってしまうがそれも一瞬のこと。


さっきも言ったがこいつは猫だ。

気まぐれに寄って来て、気付けば離れていくおませさんである。


なればこそ、こいつに対してギャーギャー言ってても体力の無駄。

一番賢い対応とは、そう、一時の間だけされるがままになればいい。


気が済めば解放される、慣れてしまえばこんなものだ。

一部の感性が麻痺していると言われればそうかもしれんが。


「………………」

「…ねー香坂。何見てんのー?」

「………………」

「ねーねー、こうさかー」

「………………」

「……んー?」


高町を無視しつつスマホを見ていた俺の顔のすぐ傍で、こそばゆさを感じた。

こいつが顔を俺の首元に密着させながらスマホを覗き見している光景は良くも悪くもまあ目立つ。

昼休み時で人が集まっている自然公園の中だからそれはもうチラホラと此方を見て来る視線がある。


無駄に整った顔面と、女性らしい均整の取れたプロポーション。

男女隔てない大らかな性格のこの女はそれはもう男女共に人気がある。

だからこそ、その挙動の一つ一つが注目される。


まあ、そんな視線やらを全く介しない高町の図太さはここまで来ると称賛してしまうし、この公開処刑に巻き込まれる事が多々ある俺も、それなりの耐性が出来るまでに至ってしまうという事である。


「それって変死事件の奴じゃん」

「ああ」

「こわいねぇ、おんなじ様な事件って近くで何度かあってんでしょ?」

「4件目だとさ」


「うへぇ」と唸りつつ高町は変わらず俺のスマホを覗き見る。


自分達の地区ではないとは言え、車や電車の様な交通手段を用いればすぐに行けるであろう距離だ。

この学園に地区外から、それこそ電車等の公共交通機関を用いて通学する生徒だって多い。

当然ながら、今変死事件で話題になっている地区から通ってる生徒だってそれなりにいる筈だ。


そう考えると、やはり対岸の火事と言うには余りにも近すぎる場所で起こっている事を不安がる生徒がいたって何らおかしくない話だ。


「最近嫌な感じの話題ばかりだよね。…そういえば、ねえ知ってる?隣の4組でずっと学校に来てない子がいるらしいんだけどさ」


ふと思い出したかのように高町が話し始めた。


「2日3日ならともかく、もう2週間以上来てないんだって。先生に聞いても一身上の都合がーとか言ってはぐらかしてるらしいんだけど、何かあったんじゃないかって言ってる子もいるみたいだよ」

「言葉通り一身上の都合って奴なんじゃないの?あまり言い触らす事が出来ない理由だってあるだろ」

「それはー……まあそうなんだけどねぇ」


例の変死事件と絡ませて面白おかしく流布する輩がいるのかもしれない。

不謹慎だな、この手の話は真面目に聞くだけ不毛って奴だ。


「そろそろ戻る」


空き缶を高町から奪うと、へばりつく高町を引き剥がして動こうとする……が、無理、離れない。無駄に力あるわこいつめ。


「まだ昼休みの時間あるよ?」

「手持無沙汰でここにいても仕方ないだろ」

「あたしがいるぞ?」

「俺は1人でゆっくりしたいの。お分かり?」

「えぇ、薄情過ぎなーい?」


肩に回した手をそのままに、より密着を強めてきた。

どうしても俺を放したくないらしい、しかし俺は戻りたい。

自身の机に戻り次第、頬杖をつきながら窓から外を眺めていたいという些細な願いを

受け入れてくれないものだろうか。


「折角来たのに素気ないし、休み時間に話し掛けても無視するじゃん。つまんないったらつまらーん!!」

「子供かおまえは」

「子供ですが?17歳はまだ子供の範疇ですが?」

「法律で理論武装してくるな言葉に詰まる」


思わず大きく溜息を吐く。

すぐ傍で高町は如何にもあたし怒ってますよと言わんばかりに頬を膨らませている。


「…あー分かった、分かりましたって。まだ此処にいるから離れろ、暑苦しいから」

「いーや。時間が許す限りこうなんだから」

「本当に暑いんだっての。体温が高過ぎってか湯たんぽかよ」

「ふふーん、高町印の湯たんぽだぜい?お1ついかが?」

「もう季節外れなんでクリーンオフで」

「………むぅううう!!」


互いに多感な年頃だったり、周囲の目やら評判を気にしてもおかしくないのに、昔から何も変わらない。


それを良しと見るか否かは…まあ、俺も判断はつかん。

年齢に対して思考が幼稚過ぎると言えばそうだが、これを彼女の魅力だと言われればそれも間違っちゃいない。


少なくとも、そんな純粋な相手を無碍に扱うなんて事が俺には出来ないって話だ。

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