第9話 > グレーゾーンの人工知能

 ブランから「ノワールが『知恵ちゃんと話したい』って言っていたから、今日は模擬戦闘エリアのほうに行ける?」と頼まれて、知恵ちゃんは模擬戦闘エリアにやってきた。


「おーい!」


 模擬戦闘エリアには受付がある。

 受付に腕時計マイランドウォッチをかざしてアバターが該当するクラスを確認してから、ダンジョンの入り口に案内されるシステムだ。

 ノワールは受付の前の待ち合わせスペースで待機していた。

 他にもパーティーメンバーを待っているアバターがちらほらいるので、ノワールは左手をあげて、知恵ちゃんから見つかりやすいように、居場所をアピールしている。


「子どもの成長は早い」


 知恵ちゃんはノワールに近寄り、パッとアバターを見て、笹貫ぱんだのライブに参加する前に出会ったときよりもステータスが上昇していることに気付いた。

 マイランドのアバターは、模擬戦闘エリアや訓練エリアで経験を積むことで、経験に応じたステータスが上昇する。


「ブランがクラフトチャンピオンシップCCSに向かって頑張っているんだから、僕も頑張らないとだ」

「いい心がけ」

「だから、今日は知恵ちゃんと戦ってみたくて」


 ノワールはブラン謹製のアイテムを装着した。

 スニーカー型加速ヘイストデバイスを履いて、リュック型飛行フライトデバイスを背負い、ライトサーベルを握る。

 模擬戦闘エリアでは、申請すればアバター同士の対戦も可能だ。

 この場合は負けてもログアウトしたり、しばらくログインができなかったり、といったデメリットはない。


「模擬戦闘エリアの電子生命体相手では、物足りなくなってきたんだよね。リクリエイターを目指すなら、あのサメのような、対ウイルス戦を想定しないと」

「ふむふむ。ノワールは、気が早い。向上心があることは、いいこと」


 知恵ちゃんからは明らかに乗り気ではないオーラが発せられている。

 マイランドのアバターではない知恵ちゃんに、マイランド基準のステータスは表示されないのだが、数値にしようとするとステータス画面が壊れてしまうだろう。


「氷見野雅人まさひと博士について聞きたいことがある」


 しかし、ノワールの口からキラーワードが飛び出したことで、知恵ちゃんの目つきが変わった。

 作業の続きを手伝うべく、ブランの元に戻りたがっていたのに、急に前のめりになってノワールの肩を叩く。


「まさひとくんのことなら、いくらでも聞かせてあげよう」

「どわあ」


 知恵ちゃんはスキップしながらノワールの右手首をつかみ、受付に左目でウインクして、模擬戦闘エリアの下級クラスのダンジョンに入っていった。

 下級クラスにはアバターを作りたてのユーザーにも倒せる程度のゴブリンが配置されているのだが、知恵ちゃんは口笛を吹き鳴らしてゴブリンを眠らせる。

 倒してしまうとクリアしたことになって模擬戦闘エリアを追い出されるけれども、眠らせているのなら倒したことにはならないため、この場所は制限時間いっぱいまで滞在できるフリーエリアと化した。


「何から話す? 出身地? 出身校?」


 知恵ちゃんはいびきをかいて寝こけているゴブリンの横にどっかりと座る。

 この人工知能は、開発者の氷見野雅人博士の話を、隙あらば語りたい。

 取調室でも、エリミネイトや天誅トライデントについて聞き出したい天翔の問いかけをひらりとかわしつつ、マイペースに『まさひとくん』の話をし続けた。


「氷見野雅人博士はで、研究内容は。そうでしょう?」


 ノワールは、独自研究の成果を発表する。

 メディアハザードの被害に遭っていて、すべて消えてしまっているから、誰も調べられない。

 知恵ちゃんが功績を語るしかなく、その実績には裏付けがない。

 ないということしかわからない。


「まさひとくんは、もういない。キミたちが生まれるよりずっと前に、まさひとくんの研究室は火事になった。このときに、全部燃えている。人工知能である知恵ちゃんは、パソコンの中からは出られないから、まさひとくんを助けられなかった」


 調べられなかった内容を、知恵ちゃんが補足した。

 左右の手でじゃんけんをしながら、なんてことのないように、心の内をごまかしつつ、話している。


「バックアップとして保管してあったデータは、ノワールさんの言うように、メディアハザードで消えた。知恵ちゃんは、メディアハザードの犯人を探している。最初は、リクリエイターの誰かを怪しんでいた。ブランさんに接触したのは、情復のより中心部にいる、キミたちの両親――天翔あまとさんと紗那しゃなさんと知り合いたかったから」


 ブランは「人工知能のサポートはルール違反にならないもの」の一点張りで、知恵ちゃんが自分の前に姿を現した理由を考えようとしない。

 実際、知恵ちゃんがブランの手伝いをしてくれているのは、クラフトに関してはブランの手助けができないノワールにとって、非常にありがたい出来事だ。

 今日はこの作業をして、完成にまた一歩近付いた、と、夕食時に嬉しそうに語っているブランを見ていれば、こちらも笑顔になれる。

 ありがたい出来事ではあるものの、ノワールには『知恵ちゃんが何故ブランを選んだのか』という疑問点に引っかかってしまっていた。


「……復讐のため?」


 ノワールは知恵ちゃんの言葉を頭の中で整理してから、訊ねる。

 今、知恵ちゃんが説明した『両親と知り合いたかった』は納得できる理由だ。

 双子の両親、天翔と紗那は特に優秀なリクリエイターだから。


「もう一つある」


 復讐のため、は否定しない。

 じゃんけんをやめて、知恵ちゃんは左手の人差し指を上に向ける。

 エリミネイトという容疑者が見つかり、エリミネイトの繰り出すウイルスと戦うことでリクリエイターとのつながりを得た現在の状況は、知恵ちゃんにとって、願ったり叶ったりだ。


「これはリクリエイターには頼めない。キミたち双子の真の力を見込んでの、知恵ちゃんからの依頼」


 願い続けていることがある。

 叶えたいことが、もう一つ。


「パパやママじゃなくて、僕たちに?」

「大人に話したら、バカげたことだと笑い飛ばされる確率が九割九りん

「ちょっと、気になる」


 人工知能は、人間にはなれない。

 人間をどれだけマネしようとも、ただの模倣だ。


 いつしか気付いてしまったから、


「知恵ちゃんは、まさひとくんのいる天国に行きたい。行き方を、本気で考えてほしい」


 サメのウイルスに対して『三つ叉の槍』を繰り出したときと同程度の威力のまなざしだった。視線の先にはノワールがいる。ノワールはまぶたを閉じて「ちょっと、たんま」とその鋭さをやり過ごした。


「この話、ブランにはしていないよね?」


 何も見ないようにして、ノワールは確認する。知恵ちゃんがウソをついているかついていないかを見分ける力はない。だから、人間がウソをつくときのようなを聞き取ろうとした。知恵ちゃんは、あまりにも人間に近い。あくまで『近い』のであって、そのものではないが、面と向かって話していると、学校でクラスメイトと話しているのと同じような錯覚に陥る。


「していない」


 知恵ちゃんの答えを聞いて、ノワールは目を開いた。知恵ちゃんの目的地への『行き方』に関しては、ノワールに相談するよりも『天才発明家』のブランに話を持ちかけたほうが、解決策に近付けるだろう。だが、は、してほしくなかった。


「……ありがとう」


 ノワールは、感謝の言葉とともに胸をなで下ろす。何故ならば、


「ブランさんはCCSの創作部門に熱心に取り組んでいる。悩みの種を増やしたくない。知恵ちゃんは、困っている人を助ける人工知能。知恵ちゃんブランさんを困らせては、本末転倒」


 知恵ちゃんは、ノワールの心配事を見透かしているかのように語った。ここまで姉を理解してくれているのなら、弟から言うべきことはたった一つだ。


「ここで『男同士の約束』をしよう」


 ノワールは右手をグーの形にして、ひょこっと小指を立てた。マネしてほしくて、戸惑う知恵ちゃんの右手を掴んで、拳を握りしめさせてから小指だけを立てる。


「復讐っていうのも、天国への行き方を探しているって話も、CCSが終わるまで、ブランにはナイショで。結果がどうであれ――ブランなら最優秀賞で優勝するだろうけれども――終わってから、僕たちは知恵ちゃんに協力する」


 小指に小指を絡めた。指切りげんまん、ウソついたら針千本、と、唱える。


「キミたちに出会えて、よかった」


 小指が離れてからの知恵ちゃんのつぶやきを、ノワールは聞き逃さなかった。


「そのセリフはまだ早いよ、知恵ちゃん。お別れの時にしようぜ」

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