第2話 > ごめんねで済んだら警察はいらない
ケルベロスは、ノワールが間合いに入ったことを察知した。待機モーションをやめて、三つの頭が同時に吠える。開戦の合図だ。ノワールは息を整え、左手に握ったライトサーベルを左右に軽く振り回した。まるでペンライトのように、青い光が軌道を描く。
発明者のブランから受け取ったばかりの新しいアイテムだが、使い慣れた道具のように手になじんだ。これなら、倒すのに三分もいらない。ノワールは満足げにうなずいた。この世に生を享けた瞬間からの付き合いの双子だからこそできる、この調整。
「行くぜ!」
ノワールは駆け出した。靴の裏に『桐生白』という文字がある。正宗や安綱などの刀鍛冶が自分の名前を刀に残したように、ブランは自分がクラフトした発明品に記名するスタイルだ。
「まずは左の頭から!」
ケルベロスの六つの瞳が、ノワールの姿を捉えた。振り上げられた爪を左に飛びのいて避けつつ、ライトサーベルを振り上げる。青い光が走り、ケルベロスの左の頭に鋭い切り傷がついた。
「グオオオ!」
ケルベロスは激しく振り向き、真ん中の頭がノワールに噛みつこうとする。だが、ノワールは背中のリュック型
「今度は右の頭だ!」
仮想空間にも重力は存在している。空中からの自由落下を利用した斬撃で、ケルベロスの右の頭に切り傷を創った。ケルベロスは三つの頭を振り回してノワールを探しているが、最高速に達したノワールを見つけられない。
「いいねいいねっ」
ブランはゴーグル型解析デバイスを通じて、ケルベロスへ与えているダメージ量を確認している。加速デバイスや飛行デバイスを造ったのも、もちろんブランだ。
操縦者の安全性を担保しなくてはならないため、加速デバイスの出せるスピードは時速20キロまでと制限されている。マイランドでは仮の肉体としてアバターを設定しているものの、本来の人体が耐えられないほどの負荷をかけてしまえば、中身の魂に影響を及ぼすおそれがある、という考え方だ。
飛行デバイスはおよそ三階建てのビルの高さにあたる『12.9メートル』までの高さしか飛べないように設計されている。ブランの発明したアイテムは、販売許可書を得られる基準値を達成するように造られていた。より速く走り、より高く飛ぶようにクラフトすることも可能だが、ブランの流儀には反する。
「これでトドメだ!」
ノワールは右足で着地し、左足で床を蹴り飛ばす。ライトサーベルを両手で握り、刃先を上に向けた。ケルベロスの真ん中の頭の死角から、あごに向かって突き立てようとする。
「ノワール、どいて!」
一方、ブランはバズーカ砲を構えていた。ケルベロスの胴体に照準が合っているのだが、このままではノワールが横切ってしまう。
「え」
解析デバイスのもたらした情報によれば、ケルベロスの体力は残りわずか。たまには見守っているだけではなく、戦闘に参加したい。欲が出てしまって、ブランはついでに造ったバズーカ砲を呼び出していた。砲身に『桐生白』と刻まれている特製バズーカ砲であれば、ケルベロスの牙や爪の届かない範囲から大ダメージを与えることが可能だ。
「どぉあああああああああああああああああ!」
轟音とともにブランのバズーカ砲が火を吹いた。赤い光はノワールを巻き込んでケルベロスの胴体を貫き、巨大な体が大きく揺れる。ついでに、模擬戦闘エリアにノワールの悲鳴が響き渡った。
――という出来事があってから、ブランはノワールと一度も会話ができていない。
話しかけても無視。そっぽを向かれてしまう。夕食時も、風呂上がりも、寝る前も起きてからも、朝食時も、スルー。どちらかが休んだとき以外は二人で登校していたのに、家を出る時間もバラバラ。日頃は見られないようなそっけない態度に、放課後、担任がブランに「何かあったのか?」と訊ねた。ノワールはブランの目を盗むようにして帰ってしまう。
「あたしは謝りたいのに、ノワールったら昨日からずっとあんな感じなんですよ!」
心配してくれている教師に対して、ブランは怒鳴ってしまった。ブランは自身の過失を認めている。敵の攻撃範囲から離れた場所からノワールへ声援を送っていればよかった。急にバズーカ砲を出して、ノワールを巻き込んでしまったことを謝りたい。
ブランとノワールはチームメンバーとしてマイランドに登録されている。チームメンバーとして登録されていれば、攻撃はフレンドリーファイア扱いだ。アバターへのダメージは無効になる。物理的なダメージはなかったとはいえ、精神的なダメージがなかったことにはならない。
「仲直りできるといいが」
「当たり前でしょう!」
「……明日は、元通りの君たちが見られることを願っている」
「ええ。今日中に復元するわ」
大人に言われるまでもない。ブランはランドセルを背負わずに抱きかかえて、教室を小走りして出て行った。廊下を早歩きして、靴箱で上履きからスニーカーに履き替える際にランドセルを背負う。
夏芽小学校から桐生家までは、片道徒歩二十分。歩き始めはノワールに対しての怒りがあっても、途中から話し相手がいないさみしさが
「ただいまー」
「おかえりなさいませ」
返事をしてくれたのは桐生家のお手伝いである
「三枝木さん、今日のおやつは何?」
ブランは、沈んだ気持ちを入れ替えるべく、おやつの内容を聞いた。
リクリエイターは緊急時に備えて職場の近くの社宅に住んでいる。規定により、社宅に子どもは住めない。桐生家は祖父母の代からこちらの家で生活しているので、政府から官製の人工知能が搭載されたお手伝いが派遣されている。
「イチゴがお安かったので、ミルクプリンにイチゴを添えました」
「やったあ!」
三枝木の作るデザートは美味しい。フルーツ類は姉も弟も大好物だ。特にイチゴは、双子にそれぞれ同じ数で用意されているにもかかわらず、一個でも多く食べたいがために取り合いになってしまう。
「ノワールくんはもうお食べになられましたよ」
「あっ、そう……」
「お部屋に持って行きますね」
今日は
「ふぁーあ」
ブランは手を洗い、自分の部屋に入った。運ばれてきたミルクプリンのイチゴ添えを食べ終える。おやつを食べたら名案が浮かぶかと思いきや、簡単にはいかない。
お団子にひとまとめにした髪をほどいて、両手を後頭部に添える。天井を見ていてもひらめかない。ただの市松模様があるだけだ。
「行くかあ。マイランドに」
工作エリアに行けば、天啓を得るかもしれない。作業に没頭できるように、工作エリアでは60分ごとに自動でリログ(=一旦ログアウトして、再ログインすること)される。個室ならば誰にも邪魔されないので、考え事にはうってつけの場所だ。
ブランは引き出しから
「ゴートゥーマイランド!」
音声認識で認証システムが起動し、アバターに入魂した。以降、ブランはマイランドの住人としての活動を開始する。工作エリアに移動して、個室の暗証番号を入力して入場。
ここまでは変わらない。
「知恵ちゃんは、困っている人間を助けるのが大好き」
「うわあ!」
四畳半のスペースには先客がいた。メガネをかけて、白衣の姿のアバターが、作業机にもたれかかっている。
双子の両親より若い。
男性の成人タイプだ。
「知恵ちゃんのことは、ご存知ない?」
穏やかな口調だが、穏やかではない現象が起きている。個室は暗証番号を知らなければ入れない。ブランが父親に頼み込んで契約してもらっている。だから、知らないアバターがいるはずがない。ブランは腕時計からマイランドの運営に問い合わせようとする。
「無駄無駄。知恵ちゃんはマスティフ社の管理下にある人工知能ではない」
腕時計を操作している動きを見て、知恵ちゃんを名乗るアバターは忠告した。ならば。ブランは運営への問い合わせをやめて、バズーカ砲を取り出す。
「うわあ!」
今度はアバター側が驚いた。ブランは、バズーカ砲をアバターの頭に向けている。トリガーを引けば轟音とともにアバターを消し飛ばすだろう。
「マスティフ社のものじゃないのなら、ウイルスよね!」
「その理屈はおかしい。知恵ちゃんは、マスティフ社が設立される前から仮想空間にいる、氷見野
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