恐れと疑念①
大輔の棺を乗せた霊柩車を見送ったあと、龍司が、
「おまえらすぐ帰るんだろ? 駅まで送ってくぞ」
と喪服のスーツのポケットから車のキーを取り出して言った。
千穂も菜緒も葬儀場まで電車で来ていたので、最寄り駅まで送ってもらうことにした。
「じゃあ、ちょっとトイレに行ってきていいかな?」
「あーい。あの白のセダンだから。乗って待ってる」
龍司が指差した先に、白色の高級セダンが停まっていた。
「わかった。菜緒は?」
菜緒もトイレに行くか訊くと、首を横に振った。
千穂は足早に葬儀場の中へと戻っていく。
出棺した後なので、参列者はほとんど残っておらず、職員が後片付けに奔走していた。
女子トイレの中は無人で、しんと静まり返っていた。
千穂がトイレを済ませて洗面台で手を洗っていると、出入り口のドアがそうっと開き、誰かが入ってきた。
下を向いていた千穂は、ハンカチで手を拭きながら顔を上げた。
「!!?」
鏡越しに映る背後の人物に、度肝を抜かれた。
――賀上!?
一瞬で賀上だと察すると、もう顔を見る事はできなかった。恐ろしくて、体がガタガタと震えはじめた。
賀上の白い首と、喪服の袖からのぞく白い手首。それだけで千穂は賀上だと確信する。
彼女は背後に立ったまま、個室に入ろうとはしなかった。
千穂は恐怖と不安で動くことができず、じっと耐えていた。
賀上は左の手首に無色透明の数珠を着けていた。その左手が、右手に伸びる。右手には黒色の小さなバッグを抱えていた。
バッグの中から光るものが見えた時、とっさに千穂は動き出した。
そのまま振り返らずに女子トイレを出て、葬儀場を出た。
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