第6話
──夜は更けてゆく。
『Rapunzel』は午後七時から午前二時までが営業時間の女装バー。
お客さんは女装趣味の男性から、社会的に周知が広まったことで来店してくれる女性客、まあ、大体は入店可能だ。
「ねぇ、ユキちゃーん。だからね、課長がひどいわけ。こっちが書類早めに提出してるのにプレゼン二日前に訂正しろってオカシイでしょ。何とかしたけど」
今俺の肩にしなだれかかっているのは常連の
「そうだね。課長さん、絵美さんが部長さんとかから高評価受けてるから悔しかったんじゃないの?」
「そうかな~」
「そうだよ、確か二期続けての部内A評価だっけ?なかなか出来ない。悔しいんだよ」
俺は彼女の髪を優しく撫でながらそう言う。すると。
「ユキちゃん。私さ、その事、前にちょっと言っただけなのに覚えててくれたの?」
「うん」
「ありがと、嬉しい。嬉しいからお酒頼もうかな」
「本当?何飲む?」
「何にしようかな」
「今日ちょっと飲み過ぎだからな~、絵美さん。じゃあ、僕が選んでいい?」
「うん、あと、ユキちゃんのも何か頼んで?嬉しい事言ってくれたお礼♪」
「ありがと、絵美さん。ちょっと」
手を軽く挙げると。フロアの隅からボーイがスッと席の横に付く。
「絵美さんにミモザ、僕にはプッシーフットを」
「かしこまりました」
「それと」
彼女には聞こえないように、
「もうそろそろ、北原様がいらっしゃる時間だからお酒出して五分くらいでヘルプ下さい。フォローはちゃんとしますんで」
「わかりました」
「絵美さん、お酒きたよ」
「えー、これ、なあに?」
「ミモザ。オレンジジュースとシャンパンベースのカクテルだよ」
「可愛い。ユキちゃんのは?」
「僕のはお揃いでオレンジジュース使ってるけど、それにプラスしてレモンジュースと卵の黄身、ザクロシロップをちょっと使ったプッシーフット(子猫の脚)っていうモクテル(ノンアルコールカクテル)」
「美味しい。ユキちゃんとおそろいの色なのも嬉しいし。でもユキちゃん、アルコールはまだ駄目なの?」
「僕は十八だから、あと二年は。だけど酔わないって事は絵美さんといっぱいお話できるし、お酒も選んであげられるし。利点のほうが多いよ」
「そっか」
「そうそう」
半分は本当、半分は嘘。
例え俺が二十歳になって公式に酒が飲めるようになったとしても、夜の世界では上昇していきたかったら、『客に飲ませろ、自分は飲むな』は不文律だ。
五分後。
「ユキちゃん、テーブルご予約様ご指名入りました。アオイさん、三番テーブルお願いします」
コールが入って。
俺の代わりに席につくアオイさんが自然な雰囲気で現れる。
「絵美さん、今晩は~♪」
「あ、アオイちゃんだー♪」
アオイさんは俺が絵美さんに指名で入っている時何回かヘルプで入ってもらっている。顔見知りのヘルプのほうがトラブルが少ないので今日も彼が来たのだろう。
「座っていいかなー?」
「うん♪どうぞ~♪」
「ご機嫌だね、絵美さん」
俺とテーブルを挟んで絵美さんの横についたアオイさんがそっと話しかけてくる。
「ちょっと会社であったらしくて…」
と軽く概略を話し、カクテルの種類も話しておく。
そうしておくと後のフォローがやりやすいから。
「ま、飲ませるならあと一杯くらい、だね。で、迎車のタクシーは三波交通だよね、確か。分かった、ありがと、ユキちゃん」
アオイさんはよく俺のヘルプに入ってくれる。
それも嫌がらずに積極的に入ってくれるので仕事がしやすい。
「今日も可愛いの着てるね?それさ、“チェシャキャット”の新ブランドの『ANITA(アニータ)』のドレスでしょ?」
「…よく知ってますね」
「そりゃあね」
ロリータファッション好きだもん、とアオイさんは笑う。
「ANITAはゴスロリとクラシカルが主だよね」
さすがに今日着てる服もクラシカルロリータな彼だからこそ、俺の服にも興味があるのだろう。
「行っていいよ、ユキちゃん。北原様、お待ちかねだから」
「じゃあ、アオイさん、お願いします。絵美さん、また来てね♪」
「ユキちゃん、またね~♪」
そして俺はまた別のテーブルにつく。
「ご指名有り難うございます。ユキです♪北原様、お待たせ致しました」
「待ってたよー。ユキちゃん。今日はね、こういうとこ初めての会社の若い子連れてきた」
「初めまして♪ユキです」
北原様は会社では部長さん。個人で来るときは店舗内にある貸し衣装ブースで女装するけれど、誰かを連れてくる時はその話は厳禁なので口の堅い子じゃないとヘルプにもつけられない。
頭の中で誰をヘルプにしようかと考える。
北原様の今日の席は彼と女性二名の三人。
単独でつくのには無理があった。
俺の心にふと浮かぶ意地悪い考え。
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