「映り込みマスターへの道」
最近の街は、どこに行ってもカメラだらけだ。スマートフォン片手に動画を撮る若者、観光客、果ては「映え」を狙う中高年まで。歩けば誰かがレンズを向けているし、角を曲がれば「はい、みなさん!ここが話題のスポットでーす!」と叫ぶインフルエンサーがいる。もう、日常が映画のセットみたいだ。
そんな時代に生きる俺、佐藤太郎(28歳、フリーター)は、ある日ふと思った。「この動画社会、逆に利用できるんじゃないか?」と。具体的には、他人の動画に映り込む技術を極めてみよう、と。別に目立ちたいわけじゃない。むしろ、自然に、さりげなく、でも確実に映り込む。それが俺の目標だ。だって、考えてみてくれ。街中で撮られた動画がSNSにアップされて、見知らぬ誰かのタイムラインに俺がチラッと登場する。なんて面白い生き方だろう!
初挑戦は近所の商店街だった。ターゲットは、派手なピンクの服を着た20代らしき女性。彼女は「みなさーん!ここが老舗のたい焼き屋さんでーす!」と叫びながら自撮り棒を振り回していた。俺は彼女の背後を歩く通行人Aのポジションを狙った。ポイントは「不自然じゃないこと」。ただ歩くだけじゃつまらないし、変に目立ってもダメだ。俺は手に持っていたコンビニ袋をさりげなく揺らしつつ、少しだけ首をかしげる演技を加えた。これで「あ、なんか気になる通行人いたな」くらいの印象を与えられるはずだ。
結果は上々だった。彼女がアップした動画を探し出して後でチェックしたら(商店街のたい焼き屋タグで検索した)、俺が確かに映り込んでいた。しかも、首をかしげた瞬間がバッチリ収まっていて、コメント欄には「後ろの人の動きウケるw」と書かれていた。初戦勝利だ。俺は映り込みの才能があるのかもしれない。
調子に乗った俺は、次のステージに進むことにした。今度は駅前の広場だ。ここは観光客やストリートパフォーマーが集まる映り込みの聖地とも言える場所。ターゲットは、明らかに海外から来たらしい金髪の男性。巨大なカメラで「ジャパニーズ・カルチャー!」と叫びながらパフォーマーを撮っていた。
ここで俺は新たなテクニックを試した。「自然にフレームインする瞬間を見計らう」だ。ただ歩くだけじゃなく、彼がカメラをパンするタイミングに合わせて動く。俺は広場の端で待機し、彼がレンズを右に振った瞬間を見逃さなかった。すかさず、ソフトクリームを手に持って(さっき買ったやつ)、美味しそうに舐めながら歩き出した。速度は秒速1メートルくらい。遅すぎず速すぎず。あくまで自然に。
結果、俺の計算は完璧だった。彼が後でYouTubeに上げた動画(タイトルは「Crazy Japanese Street Performers!」らしいと聞いていた)を見ると、俺がソフトクリームを舐めながら横切る姿がしっかり映っていた。しかも、編集でスロー再生までされてて、俺の「うまいなあ、このソフトクリーム」という表情が強調されていた。コメント欄には「ソフトクリーム男が主役を食ってるw」とまで書かれていて、俺は密かにガッツポーズ。映り込みのプロへの道が開けた瞬間だった。
しかし、調子に乗ると失敗するものだ。ある日、俺は地元の公園で最大の挑戦に挑んだ。ターゲットは、明らかにプロっぽい機材を持った撮影クルー。ドローンまで飛ばしてたから、たぶんYouTuberか何かだろう。彼らは「春の桜特集!」みたいな企画をやってた。俺は「桜を見上げる通行人B」のポジションを狙った。桜の木の下で、空を見上げつつ、感動した顔を作る。完璧なプランだ。
ところが、ここで予想外の事態が起きた。俺が桜を見上げて「うわー、綺麗だなあ」と呟いた瞬間、クルーの一人が「おい、あいつ映り込んでるぞ!」と叫んだのだ。しまった、声がデカすぎたか!? 慌ててその場を立ち去ろうとしたが、時すでに遅し。クルーのリーダーらしき男が俺に近づいてきて、「ねえ、君!ちょっと協力してくれない?」と言ってきた。
協力? 何!? 俺の映り込み人生、終わりか!? と思ったが、彼の提案は意外だった。「実は通行人のリアクション撮りたくてさ。君、自然でいい感じだから、出演してくれない?」だと。え、俺、主役に昇格!? いやいや、俺の目的はあくまで「自然な映り込み」であって、出演じゃない! でも、断るのも不自然だし、ここで逃げたら逆に目立つ。仕方なく、「え、ええ、まあ…」と引き受けてしまった。
結局、俺は「桜に感動する地元民」として5分くらいインタビューされ、桜の前で「いやあ、毎年見てるけど飽きないね!」とか適当なコメントを残した。動画は後日アップされ、再生回数は10万超え。コメント欄は「地元民の兄ちゃんいいキャラしてる」「素朴さが最高」と俺への賞賛で溢れていた。確かに成功っちゃ成功だが…俺の映り込み哲学からは完全に外れてる! 俺は目立っちゃダメなんだよ!
この失敗を教訓に、俺は初心に返ることにした。目立たない、自然な映り込み。それが俺の道だ。次の挑戦は、繁華街の交差点。ここはスマホで撮影する人が多すぎて、映り込み難易度は低めだが、その分「どう自然に溶け込むか」が試される。
ターゲットは、カップルっぽい二人組。彼女が彼氏に「ねえ、ここで踊ってみてよ!」とせがんで、彼氏が渋々踊り始めた。俺はその背後で、買い物袋を下げた普通の通行人として歩くプランを立てた。ポイントは「踊りに一切反応しないこと」。普通の人は、街中で誰かが踊っててもスルーするだろ? それがリアルだ。
実行は完璧だった。俺は無表情で、視線を少し下げつつ、一定のリズムで歩いた。彼氏が「ハッ!ホッ!」と謎のダンスを披露する中、俺はまるで空気のようにフレームを通過。後で彼女がTikTokに上げた動画を見ると、俺の無反応ぶりが逆にシュールで、コメント欄は「後ろの無関心男がツボ」「このコントラスト最高」と盛り上がっていた。俺、やったぞ! これぞ映り込みの極意だ!
こうして俺は、映り込みマスターとしての地位を確立しつつある。街を歩けば、どこかで誰かが動画を撮ってる。そのたびに俺は考える。「次はどう映り込もうか」と。派手に目立つ必要はない。ただ、そこにいるだけで、誰かの記憶に残る。それが俺の目指す生き方だ。
昨日なんて、コンビニ前の自撮り女子の動画に「傘を閉じるおじさん」として映り込んだ。彼女の「雨上がりの空、最高!」という声と、俺の「チッ、傘濡れてんな…」という呟きが絶妙にシンクロしてたらしい。コメント欄には「傘おじのリアリティが好き」と書かれていて、俺はまたしても満足した。
街はカメラだらけだ。でも、そのレンズの先に俺がいる。映り込みマスター、佐藤太郎。これからも俺の挑戦は続く。次はどんな動画に、どんな風に映り込もうか。今から楽しみだ。
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