帰ってきたミズチ◇⑯◇

 空が、曇り空が割れて光が差し込む。光の雨が降る。金色の、霧から浮かび上がる影。

「ミズチ!」

「美雨!コウ!」

 あの頃と変わってない黒髪のミズチ。私は裸足で庭に駆け出しミズチに抱きしめた。

「会いたかった。会いたかったよ、ミズチ」

「私も。美雨。会いたかった」

 見つめ合い、口唇を重ねた。

「十二年よ。十二年待ったの!あなたを待ってた。私がどれだけ嬉しいか解る?解らないわよ。会いたかった!会いたかった!」

 大声で泣きながらミズチを抱きしめる。ミズチは小さく耳元で、

「コウがいるから。美雨。あとから、ゆっくり二人で。美雨、本当に会いたかった。それに……」

「それに?」

「綺麗だ。私の大好きな美雨……」

 囁きの温度はあたたかい。私はハッとして、コウの存在を思い出す。バツが悪そうにコウが私を見ている。私は縁側のタオルで素足を拭き、靴下を穿く。

 

***


 主がいなくても掃除は欠かさなかったミズチの部屋。

 初めて家族三人揃う新年。婆様が『こたつ』を用意して、甘栗と蜜柑をテーブルに置いておいてくれた。

 辰年担当の龍は新旧交代だという。今年の辰年担当は、ミズチの弟さん。弟さんの息子さんも大きいらしいので、多分『辰』の龍の家系は弟が継ぐ。だからミズチはここにいる。ミズチは干支の『辰』──『龍』だった。

「コウに記憶を見せてもらった。大変だったね。二人きりで。美雨、独りにさせてすまない。もう、私は美雨を独りにさせない。何処にもいかないから。コウ。もう、寂しい思いはさせないよ。待たせて、ごめんな。悪いお父さんだ」

「お父さんが言うと、大丈夫っていう気になる」

 コウは、笑う。けれどだんだん表情がほどけてコウは泣いた。ミズチにしがみついて「お父さん」と繰り返した。大人びた言動をしてもまだコウは小学生だ。まだ幼い。

「お母さん、マグカッププリン作って!あと、ちゅるちゅる」

コウはミズチの胸の中で泣いた。

「お父さん!お父さん!」

 しばらくコウは、和服姿のミズチにしがみついていた。それから、

「お父さん。お母さんは何でも作ってくれるんだよ。魔法の手なんだよ。でも、マグカッププリンとちゅるちゅるだけは、お母さん作ってくれなかった。『あれはお父さんがいるときにね』って言ってたの。お父さんと一緒に食べるって約束したんだよ!みんな一緒じゃないと食べられないんだ。でも、これからはいいでしょ?お母さん」

 私は静かに頷いた。涙が我慢しようとしても、溢れてくる。




◇つづく◇

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