第20話 『護身』の意味

 フー子の身体が微かにビクついた。

 やっぱり、持っていたか。


「スナイパーって聞いてたからライフルにしようかと思ったんだけど、子どもがでっかいケース持ってたら普通に考えて目立つでしょ。楽器ですとも言いにくいし。だから、ちっちゃいのにしたんだぁ」


 Smith & WessonやBerettaなど世界には多くの銃器メーカーが存在するが、 P365SASという名のこれは、SIG SAUERというメーカーによって作られた小型の自動拳銃だ。薄型で軽い上、強力な九ミリ弾を使用することが出来るため、女性が護身用として持つのに適したモデルと言える。


「小さい手でも握りやすいし、なんたって護身用だからさ、一発でも多く撃てる方が生存確率が上がっていいかなぁと思って、十発ぐらい打てるのをチョイスしたんだよぉ」


 ミミックが拳銃を手に取り、ホルスターと合わせてフー子の前に突き出す。


「はい、どうぞ。一人で準備出来るよね」


 フー子は動かない。

 いや、動けないのだろう。

 人殺しをしたくないから逃げている人間へ「銃を持て」と勧める矛盾について、ミミックは気付いているのだろうか。


「ほら、受け取ってよフー子ちゃん」


 善意の塊のような顔をして残酷なことをするこの女が、俺はやっぱり苦手だ。ミミックの圧に押され、手を伸ばしかけたフー子に向かって俺は「止めろ」と言うと、拳銃とホルスターを奪った。


「俺が持つ」


 ジョガーパンツのウエスト部分の内側、利き手側に拳銃を収納するためのホルスターを装着する。有事の際にすぐ取り出すことが出来るアペンディクスポジションは、拳銃を隠し持つのにふさわしい位置と言える。


 それにしても、こんなものに触るのは聞き耳屋の研修以来だ。今俺が手にしているのは、その時使った拳銃よりも断然小さい。玩具のような大きさの癖に、ヒットすれば確実に相手に軽くないダメージを与える堂々たる武器だ。

 拳銃をホルスターに収めながら「使う場面がないように」と祈っていると、ミミックが「あーあ」と声を上げた。


「お姉さん、ちょっとがっかりだなぁ」

「何がだよ」

「フー子ちゃんの覚悟が甘々で、がっかりしてる」


 犬を撫で回すようにフー子を愛でていたさっきまでと、まるで声のトーンが違う。突き放されたように感じたのか、フー子は戸惑いながらミミックに「どういう意味ですか」と尋ねた。


「まんまだよぉ。そのまんま」


 ずいとフー子の顔に自分の顔を近付けると、瞬きすることも許さないと言わんばかりの迫力でミミックが言った。


「フー子ちゃんはさ、これから組織を抜けて生きていこうとしてるんだよねぇ?」

「そうですけど」

「じゃあさぁ、もし自分が困った時には助けてくれる王子様が現れるとか思ってたりする?」

「思ってないです」

「襲われても相手を素手でボコれるぐらい強いのぉ?」

「訓練はしましたけど、実際にやったことはないです……」


 どうして詰められているのか理解出来ないまま答えるフー子に、ミミックが言った。


「じゃあ何で拳銃を鈴木ちゃんに預けちゃったのかなぁ?」

「だってそれは」


 言い掛けて、フー子は言葉を詰まらせた。


「人を殺したくないって言ってるヤツに人殺しの道具を持たせる方がどうかしてんだろ」


 助け舟を出した俺のことを、ミミックは鼻で笑う。


「鈴木ちゃんもフー子ちゃんも、全然ダメだなぁ。これを見て人殺しの道具なんて思ってる内は、足抜けなんて出来ないよ。これはね」


 ミミックは俺の腰から拳銃を素早く抜き取ると、自分のこめかみに当てて言った。


「大事なモノを護るための道具だよ」

「護るため?」

「そう」


 ニコリと笑うと、ミミックは小学生に教え聞かせるような無駄に優しい口調で続けた。


「逃げた人間を全員始末してきた野鳥の会が、フー子ちゃんをこのまま見逃す訳がないよねぇ。もしかしたら今この時も、どこかのビルの屋上とか、あるいは隣の部屋から様子を伺ってるかもしれない。そのままあっさり撃ち殺してくれるなら即死で済むけど、捕まった挙句、声も届かないような場所に閉じ込められて、めちゃくちゃ痛いことをされるかもしれないよ。なんなら、最初から最後まで野鳥の会の会員に向けて生中継しちゃったりして」


 ――逃げるヤツはこうなるぞ、てね。


 良い人そうな笑顔でエグい想像を語っている。

 が、ヤツらなら、あり得る。

 組織を固めるためには、恐怖でも何でも使うような集団だろうだから。


「そういう時に相手に立ち向かえるように持てって言いたいんですか」


 言い返したフー子に、ミミックは「何言っちゃってんの、そんな状況になったら両手両足拘束されてるに決まってるから、銃なんて撃てる訳ないじゃん。フー子ちゃん、ウケるぅ」とけたけたと笑った。


「大人げないぞ、お前」

「今私はフー子ちゃんと喋ってるんですぅ。鈴木ちゃんは黙っててくださぁい」


 マジでイラつくな、こいつ。


「あのさ、フー子ちゃんの世界じゃ銃は単にターゲットを狙って撃って殺すためにしか使わなかったんでしょ。だから『人を殺すモノ』ていう印象しかないんだろうけど、私言ったよね。これは護身用だって」

「……私が撃たれたり、捕まったりしないように使うってこと?」

「そうそう。まぁでも、どちらかというと自分のために使うんじゃなくて、鈴木ちゃんが危ない目に遭いそうになった時に使うって感じかな」


 はは、と今度は俺が笑う番だった。


「俺がよえぇとでも言いたいのか。ふざけんな、こいつ一人を逃がすぐらいどうとでも出来る」

「あれ、もしかしてお気付きでない? この中で一番素人に近いの、鈴木ちゃんだよぉ?」


 ミミックは、手を口元に当てて「弱いのにイキっちゃうとこ、たまんなく可愛いねぇ」と挑発するように笑う。


「おま」

「仮に鈴木ちゃんが撃たれたり殴られたりしたらさ」


 ミミックは黙れと言う代わりに銃口を俺に向けた。撃てない状態にしているはずだが、こいつならやりかねない。


「今のフー子ちゃんじゃ絶対に鈴木ちゃんを助けようとするでしょ。その時に何の武器もなかったら無理だよねぇ。一対一なら戦えるかもしれないけど、複数人相手に立ち回るのは流石にね、私の見立てじゃ無理だと思うんだぁ」


 どうやらミミックは俺のことを足手まといだと言いたいらしい。


「――もしそんなことになったら、お前は逃げる方を優先しろ」


 悔しいが、確かにそうかもしれない。ちょっと喧嘩が強い程度で、完全な戦闘タイプじゃない俺ごときが出来ることなんて、たかが知れている。


「師匠にも言われただろ。自分に関わった人間が死んだとしても、必ずその願いを叶える覚悟を持てって」

「確かに言われたけど、でも」


 ミミックは「そんなこと言ってたんだ、あのおっさん」と吐き捨てた。


「師匠のことをおっさんなんて言うの、お前ぐらいだぞ」

「私あの人苦手なんだよねぇ。理屈で詰めてくるから、イヤ」


 そう言うと、「てな訳でぇ」と、ミミックは俺に向けていた銃口を下ろすと、フー子の前に再び拳銃を差し出した。


「フー子ちゃんと鈴木ちゃん。これを持っておくべきなのはどっちか、子供の頭でも分かるよねぇ?」




【参考】

▼SIG SAUER社HP https://www.sigsauer.com/p365-sas.html

▼Arms MAGAZINE WEB『SIG SAUER「P365SAS」【実銃レポート】全編および後編】


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