第17話  優しい人

「きょうだい、いたのかよ」

「本物じゃないけどね」


 思い出すように静かな口調で、フー子が語り始める。


「うちの組織ね、ほとんどが大人なんだけど私みたいな子供もそこそこいて、雛鳥ひなどりみたいに小さな子もたくさんいるんだよ。男の子も女の子も凄く可愛くてね、皆、私のことを『お姉ちゃん』て呼んでくれるんだ。寝る時なんか私にくっついてくるし、弟とか妹がいたらこんな感じなのかなぁ……て、いつも思ってた」


 ゆっくりと話す声にはほんのりとした温かさがにじんでいるが、恐らく年上の子供に年下の子供の世話をさせることで、長じた時に自然と上下関係が生まれるように仕向けているのだろう。

 先入観の少ない幼い子供を染めることは容易たやすいから。


「そいつらは会員同士の間に生まれた子供なのか」

「違うと思う。どこかから連れて来てるんじゃないかな。私みたいに」

「戦闘員として育ててるってことか。気の長い話だな」

「要領が良かったり、ちょっと頭のいい子だと、小さいうちから仕事してるケースもあるんだよ。潜入する時とか、子供のいる家族のフリをしてるとそれだけで相手もちょっと油断するしね」


 確かに、子供の存在を『善』であると認識している人は多い。大人ふたりには警戒しても、子供連れに対しては気を緩めてしまうケースもあるだろう。状況に応じた攻め方をプランニングする、戦闘タイプの組織ならではだな。


「お前が小さい頃もそんな感じだったのか」

「うん」

「どんなヤツがいたんだ」

「んー、色んなお兄ちゃんお姉ちゃんがいたけど、そうだなぁ、一番覚えてるのは私が五歳ぐらいの時にお世話係やってくれてたお兄ちゃんかな。ちびっこ同士が喧嘩しててもさ、どっちかのせいにして収めるようなことはしなくて。悪いところと良いところの両方をちゃんと言って、最後に頭をぐしゃって撫でてくれんの。私、それが凄い好きだったんだ。自分よりも大きい手にわしわしされると何となく安心出来たんだよね。よく笑うし、おやつも分けてくれたし、優しいお兄ちゃんだったんだけど」

「けど?」

「潜入中にバレて、殺されちゃった」


 ふぅと吐いたフー子の息が、俺の手に掛かる。


「相手がさ、こっちの組織のことを吐かせようとしたみたいで。逃げられないように足のけんが切られてたりとか、指の爪が全部剥がされてたりとか、他にも相当ひどいことされた跡があったって大人が話してるのが聞こえた。現場に出るようになってから、まだ一年も経ってなかったんだよ」


 そんな死に方を与えられるような人じゃなかったのに――。


 怒りや悔しさの感情を無理矢理腹の底に押し込もうとしているのか、俺の人差し指を握る力が強くなる。


 この業界にいる以上、まともな死に方をするヤツの方が少ない。当然ながら、俺や師匠の最期もろくでもないものになるだろう。それはいい。そういうものだと俺たちは分かった上で、今の仕事をしているから。


「他にもね、たくさん優しい人はいたんだ。でも、そういう人たちから先にいなくなっちゃう。だから今いる野鳥の会の大人たちは、皆どこか冷たくて怖い。そうでなくちゃ生き残れないんだろうなって思うけど、でも」


 わずかな沈黙の後、フー子ははっきりとした声で言った。


「私に優しくしてくれた人たちのためにも、人の命を奪って平気な顔が出来る大人にはなりたくない」


 フー子の考え方は組織の人間とは思えないほどまともであり、真っ当だった。この話をしている相手がどんな経歴の持ち主で、どんなとがを負っているのか想像することなく吐き出せてしまえるほどに。


 これだから子供は面倒なんだ。


「お前がいなくなって、慕ってくれてたちび共は今頃どう思ってるだろうな」


 真っ白な布の上にスポイトでぽとりとシミを落とすように、俺は意地の悪い質問をする。


「逃げたことがバレた時に責められねぇように、そいつらには何も言わずに出てきたんだろ。お前なりの優しさなのかもしんねぇけど、そんなもん、残されたヤツにすりゃただ混乱するだけだ。何なら捨てられたとか思ってるかもな」

「そんなこと」


 フー子は上半身を起こし掛けたが、再びパタリと体を倒して「あるかも」とこぼした。


「私、自分のことしか考えてなかったんだな」


 最悪だと、うつ伏せの姿勢で呟く。


「ま、子供の視野なんてそんなもんだ。しょうがねぇよ」


 想定よりも落ち込ませてしまったようで、俺は大人げない言動を反省する。フー子をフォローしながら「自分で落とした癖に今度は上げにかかるとか、一体何がしたいんだ俺は」と思った。


「足抜けできる前例を作ったら、お前みたいに抜けたいと思ったヤツにはそれが何かの指針になるかもしんねぇじゃん。そういう姿を見せるのもお姉さんの仕事じゃね?」

「……そうかな」

「そうだと俺は思うよ。だからそのためにも今日は寝て、明日めいっぱい頑張れ」

「分かった、そうする」


 フー子は毛布を身体に掛け直すと、俺の指を握ったままささやくように「今思ったんだけどさ」と言った。


「何」

「タロくん、お兄ちゃんに似てる」

「嫌味か。全然優しくねぇだろが」

「分かってないなぁ。タロくんは優しいよ」

「そりゃどうも」


 何を言い出したかと思ったら。

 この期に及んで俺の事を優しいとか、どうかしてんだろ。


「巻き込んでごめんね」


 そう言うとフー子は、俺に背を向けて黙った。

 あぁもう、本当に子供ってヤツは。


「今更つまんねぇこと言うな」


 俺は空いている方の手を使い、ぐしゃぐしゃとフー子の頭に触れる。ふふふと小さな声を漏らすと、フー子は「やっぱ優しいね」と笑った。


「うっせぇ。さっさと寝ろよ、クソガキ」

「ん」


 何度か向きを変えたりしながら、ようやくフー子は眠りに落ちた。がっちりと握られた自分の人差し指を見ながら、俺は「これじゃ動けねぇだろが」と寝ている相手に向かって文句を言った。

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