第3話 探知と新年(7)

「自分はそんな立派な理由で入局はしていません。面接でうわべでは似たようなことを言いましたが、本当は……」

「会社自体が潰れる可能性が低いから、入局を希望する人はもちろんいるよ。私だって就職先を決める上で、それも考慮はした」


 魔法道具が無くならない限り、魔道管局は存続するだろう。そして職員もそう簡単にやめさせられない。何かしらの仕事はあるのだから。

 うつむいていたキムはゆっくり顔をあげた。まるで何か懺悔をするかのような表情である。タチアナはごくりとつばを飲み込んだ。


「僕が検査課に異動を願い出た本当の理由、誰かから聞いてますか?」

「いいえ。でも、どんな理由があっても、その時、仕事を一生懸命していればいいじゃない? キム君はよく仕事をしているって、ハーマンさんいつも言っているし、私もそう思う」


 キムの目が大きく見開かれた。タチアナは頬を緩めて、彼に語りかける。


「就職した、異動した、それはすべて過去のこと。頑張り次第で、今や未来はいくらでも変えられる」


 失敗したら、また次を頑張ればいい。この課にはそれを見守ってくれる、優しい上司たちがいるのだから。

 キムはようやく表情を崩した。


「そう言ってくださり、ありがとうございます。なんか、しょうもないことで、悩んでいた気がします」

「二年目で異動するなんて、あまりないから、当初は皆、気になりはするでしょうけど、もう九ヶ月も経つ。もう課にも馴染んでいるんだから、気にしなくてもいいと思う」


 出会った当初に、ずけずけと聞き出そうとしたタチアナらしからぬ言葉だった。

 でも、やはり気にならないと言われれば、嘘になる。


「検査課楽しい? 認可課でも嫌なことあった?」


 お姉さんぶって、軽い気持ちで聞いてみる。キムは深々とため息を吐いた。


「……はい、大変嫌なことがあり、こちらに来ました」

「な、何があったの? あ、言いたくなければ、言わなくていいです」


 キムは首を横に振る。吐き出したくなったようだ。


「認可課での窓口業務が嫌でした。それでも頑張って出ていたら……、口悪いおじさんの相手をすることになり、色々と話しているうちに押し問答になって、殴られました」

「……何ですって!?」


 タチアナは目を大きく見開いた。そして早く口になった。


「大丈夫だったの!? 怪我はなかったの? 傷とか残っていないの!?」


 あまりに慌てて話していると、キムが声を出して笑った。それで一度我に戻る。


「心配してくれて、ありがとうございます。少し腫れたり、口を切ったりしましたが、問題ありませんよ。課の皆さんも、タチアナさんみたいに心配してくれました。それでもそれ以降、窓口にでるのが怖くなって……」


 キムが机の上に乗せた両手を握りしめている。かすかに震えていた。その手の上に、タチアナの手をそっと乗せた。


「無理しないでいい。検査課で困ったことがあったら、私やハーマンさん、他の皆にすぐに言って。何かあってからでは遅いから」


 キムはこくこくと頷いていた。




 日付が変わる前に検査課に戻ると、ハーマンと課長は談笑しながら、報告書を作成していた。

 だが、刻々と時間が過ぎ、年が変わるのが近づくと、手を止めて、電話を見るようになっていた。


 新年花は年が変わると、何もしなければ、自動的に魔法が発動するスイッチが入るようになっている。

 新年花が置かれている場所には、売った側の会社の人間が張り付き、何かあればその者たちから、すぐに連絡が入る予定だ。


 一同が黙っている中、時計の秒針の動く音だけが、部屋の中で鳴り響く。


 年越しまで、残り五秒、四秒、三、二、一……。


 ゼロとなると、窓の外から新年を祝う声が聞こえてくる。


 タチアナたちも「あけまして、おめでとうございます」という声を掛け合う。

 挨拶もほどほどに、引き続き緊張した時間が続く。

 電話は鳴らないまま、時間が経過していく。そして二時間ほどたったところで、一本の電話が鳴り響いた。一同は思わずびくっと肩を震わす。

 ハーマンがごくりとつばを飲み込んでから、受話器をとった。


「はい、魔法道具管理局、道具検査課のハーマンです。……はい、続けてください。……」


 会話の内容がわからず、固唾をのんで見守っていると、ハーマンの表情が明らかに緩んだ。


「……わかりました、ありがとうございます。もし、何かありましたら、ご連絡ください。お疲れさまでした」


 受話器を置くと、三人に向かって、笑顔で頷いた。


「ヘインズさんからで、新年花のスイッチが入っても、何も不具合は起こらなかったとの報告だった。発火が起きた新年花は、一時間ほどで燃え上がったそうだから、とりあえずそれは過ぎ去ったようだ」


 タチアナはキムと目線を合わすと、笑顔で右手と右手で音を立てて叩きあった。

 今後も何も起こらない保証はないが、とりあえずこれで一段落だ。

 新年早々の笑いは、嬉しいものだった。




 その後、一同は解散した。

 年が明けても、ハーマンからタチアナへの緊急の電話は入ることはなかった。

 自分の探知が役に立ったことに、少し嬉しさを感じながら、穏やかな年始を過ごすことができた。




 後日、入ってきた話では、発火した新年花に意図的に切りつけた人物が見つかった。売った会社の同業者で、嫌がらせで切ったらしい。

 本人曰く、燃えるなど思ってもいなかったというが、果たしてそうなのかは疑わしいところである。

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