第2話 掃除機と歪み

第2話 掃除機と歪み(1)

 暑い日差しが照りつける中、今日も続々と魔法道具の検査を依頼したい人がやってくる。

 魔法道具管理局の人間、外部の民間企業、そして住民まで、要件に合致し、所定の手続きさえ踏めば、誰でも依頼できるのだ。

 使ったら違和感がした、使ってすぐに壊れた、などの理由で道具に問題がないか確認して欲しいと検査をお願いに来る人。

 はたまた長く使っている道具が壊れ、何とかして修繕したいため、どこが壊れているかを調べて欲しい人など、理由は様々である。


 タチアナは検査する担当であるため、暑い夏も寒い冬もほとんど室内にいる。

 そのため外出先から道具を持ってきて、汗だくになった人たちを涼しい顔で迎えていた。


 先ほども、局の人間が背負っていた四角い箱を置いていった。だいぶ重そうな品である。それを小型の手押し車に乗せて、検査室まで移動した。

 冷房のきいた検査室で、箱の中から道具を取り出す。丸い球体だった。それを見つつ、同時に手渡された書類を目で追う。

 執務室よりも検査室の方が冷房の温度は涼しく設定されているため、ついつい入り浸りがちだった。そのため、ときどき――


「タチアナ、たまには執務室で仕事しろ。報告書を書くくらいなら、執務室でできるだろう。さぼっているんじゃないかと、疑われるぞ」


 直属の上司であるハーマンが、肩をすくめながら部屋を覗き込んできた。朝、執務室に顔を出した以降、ほぼ検査室にいたため、さすがに痺れを切らしたらしい。


 タチアナは書類を見るのをやめて、ハーマンに顔を向けた。


「報告書の作成くらい、どこで書いても、いいじゃないですか。報告書は出していますよ?」

「報告書を確認して、指摘したのをわざわざ持ってきている、私の身にもなってくれ」


 そう言って、赤字で指摘した報告書を手渡してきた。タチアナは苦虫を潰したような顔になる。

 報告書を作成したあと、ハーマンに提出し、中身に問題がなければ、さらに上へと回される。だが、指摘などが多すぎれば、一度返却されるのだ。


「これを渡すだけなら、多少は目を瞑ってやってもいい。だが読んでいるうちに、色々と聞きたいことも出てくる。執務室にいてくれれば、私がここまで足を運ばずにすむ」


 遠回しに言っているが、端的に言えば無駄な時間を使わせるな、というところだ。


「それに他の職員だって、タチアナに意見を聞きたがっている。君の知識を提供してやってくれ」

「……わかりました。この探知が終わったら、戻りますよ」


 これ以上、小言を出されるのも嫌なので、渋々戻ることに決めた。


 丸い球体の魔法道具に手を当てる。どうやら道具の深部で無駄な魔力が残っているようだ。これが悪さをして、道具がおかしな方向に転がったのだろう。

 探知結果を記し、これをどのような機器にかけるべきか、メモを取った。そして探知し終わった魔法道具を手押し車の荷台に乗せて、部屋を出た。


「もう終わったのか?」


 ハーマンが目を丸くしている。


「はい、そんなに難しいものでもなかったので。おそらく、この機器で分析をすれば数値として出てきます」


 メモした紙をハーマンに手渡す。


「この魔法道具、現場の人間が何人も探知したが、違和感がなかったと言っていたぞ」

「そうなんですか? 違和感ありすぎですよ。全属性の探知を一度にしたら、矛盾している箇所がいくつもありました。水と火の属性が接近しているなんて、明らかにおかしいです。爆発しますよ」

「たしかにおかしいが……。……あのな、全属性の探知を一気にできる人間、そうそういないぞ」


 たいていの人間たちが、個々の属性ごとに問題がないか、一種類ずつ探っている。丁寧ではあるが、その分時間がかかる。


 一方、タチアナはある程度当たりをつけるために、ざっと全属性の魔力の使用状況を見てから、気になった属性を細かに見ていた。

 しかし、複数の属性を一度に探知するのは難しく、そうそうできる芸当ではない。


 その事実を思い出し、タチアナは頬をぽりぽりとかいた。自分の能力をひけらかすつもりはないが、そう捉えられても仕方のない発言だった。


「まあ、タチアナみたいな人間がいるおかげで、検査も効率よくできている。よく働いてくれて、助かっている」

「それくらいしかお役に立てることがないですからね……」


 執務室に入ると、急ぎの案件だったため、すぐに機器分析をしている担当に例の魔法道具を渡した。

 そしてメモした内容を手に、こういう風に分析したらいいのではないかと説明をした。

 受けた相手側は頷きながら、話を聞いていく。


 一通り説明が終わると、どうして違和感に気づいたのか聞かれたので、全属性探知を行ったとさらっと言ったら、目を大きく見開かれた。これが相手からの普通の反応だった。

 タチアナさん、さすがですね……という言葉が耳に入りながらも、受け渡しは終わった。


 執務室にある自分の椅子に腰をかけると、今年の春に異動してきたキムが話しかけてきた。


「お疲れさまです。探知の方は終わったんですか?」

「今ある案件は終わった。これから報告書の作成に入る」

「そうですか……。あの、それが終わった後でいいので、一つ見てもらってもいいですか? 自分の見立てが間違っていないか、確認して欲しい案件があります」


 真剣な表情で聞いてくる。タチアナは彼の緊張をほぐすために、柔らかな笑顔で首を縦に振った。


「私でよければ」


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