第26話月山の気持ち

空気が重いし、凄い気まずい。まずヒーローだってバレたのが気まずい。

 まあ、それはまだ良い。ヒーローは正体を隠しているって言うのは、一般常識。

 内緒にしていたからって、責められる事はないと思う。

(気まずいのは、月山の方なんだよな)

 彼女が出来たって、はしゃいでいたら他の男の命令で騙されていた……本来なら触れないのが武士の情けなんだけど、月山は学園祭の途中で飛び出してきた。

 つまり、クラスの皆に何か言わなきゃいけない訳で……。


「あの人達、これからどうなるんだ?」

 担架の乗せられていく人達を見ながら月山が呟く。


「男の方は、健康状態に問題がなければ、保護者に迎えに来てもらう。女子の方はフェロモンの影響の確認と事情聴取。催眠状態と違って意識はあっただろうから、余罪の確認も必要だ。まあ、心のケア受けられるから、安心しろ」

 何に安心すれば良いのか分からないけど、放置はしません。でも、その後はもっと大変なんだけどね。


「元の仲に戻れたら良いんだけどな……俺、中学の時に彼女がいたんだ。でも、事情があって別れて……多分、あいつの事まだ好きなんだけど、恋人に戻るのは無理。それなら先に進まなきゃって、思って合コンに参加したらこの様だよ」

 そう言って寂しそうに笑う月山。元カノに未練があったらから、心の力が抜かれなかったのか。

 お陰でボスの降臨を防げたよ……流石にアウトか。


「そっか。被害届けとかの関係でお前も話を聞かれると思う。お前はそんなに長くならないと思うから安心しろ」

 うん、月山は長くならないと思う。月山はね。

書類の領を考えると、今から憂鬱です。


「お前も何かあるのか?ハザーズを倒したら、良くやったって

誉められるんだろ?」

 なに、そのファンタジーな世界は?そんな優しい世界が、あるんなら、直ぐに転移したんだけど。


「とりあえず報告書を書いて、予防対策を提出。オレサマウルフに対する考察と、同系ハザーズへの対策案。それと医療班への状況報告も書かないと駄目だな」

 後、怒りモードを使った理由も考えとおかないと駄目か。前回の報告書をコピペでオッケーでないかな。


「なんか想像したのと違うって言うか。お役所仕事って感じなんだな」

 だって警察の組織だもん。書類の量は、物凄く多いぞ。


「ハザーズを倒して終わりっていかないんだよ。今日の動きが、違うハザーズの対策になるんだ。ポーチャーを担当しているのは、バーディアンだから、上にあげるより詳細な報告書を書かなきゃいけないし」

 頼む。四日……いや、せめて三日は援護要請掛からないで欲しい。


「お前がいつも疲れている理由が分った気がするよ。さて、教室に戻るか」

 妙にスッキリとした顔で月山が歩き出す。きっとこいつなら、ちゃんと前に進めると思う。


 イケメンって羨ましいよね。なんで立っているだけで、キャーキャー言われるの?


「健也ってマジでイケメンだよね。他にもイケメンいるし、まじで羨ましい」

 違う組の女子が健也をウットリとした目で見ている。今なら甲級ヒーローもつきますよ。


「でも、あの黒服怖くない?同い年に思えないんだけど」

 友達が俺を見てささやく。俺がオレサマウルフを大変な事になっていたんだぞ。


「吾郎、サンドイッチを健也に渡してくれ……頑張れ、ヒーロー。そのうち良い事あるから」

 月山君。そのうちっていうのは、いつの事なんだい?その慰め聞いて何年目になるんだろう。

(でも、月山が上手く誤魔化してくれたから、騒ぎが大きくならなかったんだよな)

 あの後、教室に戻ったら『彼女、元カレとよりを戻したよ。途中で抜けて悪かった』そう言ってくれたのだ。

 一連の流れを聞いていたらしく、誰も責める人はいなかった。


「健也、これ五番テーブルに頼む……うそん」

 健也にサンドイッチを渡したら、見知った顔が目に入った。


「オッケー。吾郎、あのサングラスを掛けた三人組は知り合いか?お前を呼ぶ様に頼まれたんだけど、残員すげー美人だな」

 健也の指さす先にいたのはサンサンクの三人。

(なんで獺川たつかわさんまでいるんだ?)

 獺川たつかわ美子よしこ。ヒーロー名はレッドクレリック、サンサンクの回復担当。警察病院に勤務しており、主にヒーローの治療を行っている。美樹本さんや美影さんと同じく俺を弄るのが好き。


「い、いらっしゃいませ。ご注文はなんでしょうか?」

 獺川さんはともかく、美樹本さんと美影さんはリアルでも有名人。変装はしているけど、なんで騒がれないんだ?


「その顔はなんで誰も気づいていなんだって顔だな?答えは簡単。偽装の魔術を使ったんだよ」

 美樹本さん、それはアウトなのでは?私用で魔法を使う事は禁止されている筈。


「鶏君。答えは簡単ですよ。二人は私の護衛を兼ねています。だから、魔術の使用にも許可が降りるのです。それに被害者の観察も、私の大事な仕事。明るく振る舞っているけど、心理的ストレスは大きいですね」

 獺川さんが月山を観察しながら、スマホに打ち込んでいく。確かにそうだけど、なんか凄い嫌な予感がするんですけど。


「ごろちゃん、ボウタイが曲がっているじゃん。いやー、久し振りにごろちゃんの『こっちは、もう鶏冠とさかにきてんだよ』が聞けて、大満足だよ。恰好良かったぞ。少年」

 ニヤニヤしながら。俺を弄りまくる美影さん。

(確かに医療班には、体育倉庫で待機してもらっていた。まさかリアルタイムで見られていたとは)


「ご、ご注文は何がよろしいでしょうか?」

 クラスメイトの前で弄られるのはきつすぎる。幸い、まだ誰も気付いていなけど、早目に終わらせないと。


「コーヒー二つと紅茶を一つ。魔法の呪文付きで頼むぞ」

 美影さんがニヤニヤしまくっている。黒服おれは対象外だけど、嫌な予感しかしない。


「ご、ご指名はありますか?」

 分かっている。美樹本さん達が健也に興味がないって事は。あるとしても俺の友人として興味があるだけだ。


「そこの貴女。鷹空翼ちゃんって子を呼んできてもらって良いかな?」

 美影さんが通り掛かった女子に声を掛けた。鷹空さんを呼んで何をさせるつもりなんだ?


「それでは私はオーダーを入れてきますので」

 出来れば鷹空さんが来る前に、この場から離れたい。テーブルから離れようとした瞬間、美樹本さんが服の裾を掴んできた。


「どこに行くんだ?お前と翼ちゃんにやってもらうんだよ」

 はい?二人で呪文を唱えろと?特別料金を請求するぞ……駄目だ。三人共リアルで金持ちだし。


「心配しなくても直ぐに来るわよ。さっきから、こっちをチラチラ見ていたし」

 誰が見ているって?健也か月山位しかいないと思うんだけど。


「いらっしゃいませ……セツカさんとNEKOさん!?どうしたんですか?」

 三人を見て驚く鷹空さん。びっくりするよね。俺も違う意味で驚きました。


「セツカとボウタイの話をしたら、どんな感じか見たくなったの。普段と違う刺激はデザインに必要だし。それで仲の良い三人で遊びに来たって訳」

 訳せば仕事ついでに俺をおちょくりに来たってなります。


「でも内緒にして下さいね。今はオフなので」

 鼻の前で人差し指を立てて、静かにしてと合図を送る美樹本さん。モデルとしてはオフだけど、ヒーローの仕事中ですよね。


「せっかくだから青春を味わいたくって。二人で呪文を掛けて欲しいの。そうだなー『私達の愛で美味しくします』って駄目かな?」

 美影さん、駄目に決まっているでしょ?俺は嬉しいけど、鷹空さんは嫌に決まっている。


「う、承りました。吾郎、オーダー入れてくるね」

 そう言うと、鷹空さんは逃げる様にオーダーを入れにいった。それを見たサンサンクの三人はナイスアシストでしょと言わんばかりに親指を立ててみせる。


「ごろ、顔が真っ赤だぞー……お前を弄るのは一時中断として、オレサマウルフが人化の術を使っていた事が分ったんだ。本部は調査班を立ち上げて、出元を探る事にした」

 だから誰にもハザーズとバレずに寝取る事が出来たのか。これはヤバい事になったぞ。


「お、お待たせしました……吾郎、いくよ。指をくうつけて」

 スマホを構えるのは止めてもらって良いでしょうか?


「「せーの私達の愛で美味しくします」」

 嬉し過ぎるんですけど……後から写メ送ってもらおう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る