第34話: 記憶の図書館で

*記憶は深海のようなもの。表層を眺めるだけでは、その深さを知ることはできない。真実を知るには、暗闇の底まで潜らねばならない。そして時に、深海の底には、私たちの想像を超える世界が広がっている。*


メモリートレード・ジャパン本社ビルは、ニューロシティの中心にそびえる巨大な建造物だった。クロムとガラスの外観は月明かりを反射し、無機質な美しさを放っている。深夜のオフィス街は静寂に包まれていた。


「本当にこれでいいのか?」


誠一は小声で尋ねた。彼と斎藤、桜井、村上の四人は、ビルの裏手にある非常口の前に立っていた。美香と遥香は「記憶共鳴システム」のバックアップサポートとして、桜井のアパートに残っていた。


「城之内博士と話し合うことはできたはずです」誠一は再び言った。


「会話の時間は終わりました」斎藤は冷たく答えた。「彼の夜間の行動パターンを調査しました。今夜、彼はライフログシステムの大規模なアップデートを実行する予定です」


「それがなぜ緊急性を?」


桜井が小さなタブレットを見せた。「このデータ転送プロトコルを見てください。彼は記憶データの一部を外部サーバーに移動させようとしています。あなたのデータも含めて」


「逃げようとしているのか?」誠一は眉を寄せた。


「可能性が高いです」桜井はタブレットをポケットに戻した。「昨日の私たちの侵入で警戒が強まったのでしょう。今夜が最後のチャンスかもしれません」


誠一は深く息を吐いた。昨日の「記憶共鳴システム」のテスト以来、彼の記憶は断片的に戻りつつあった。家族との思い出は、まるで霧の向こうから少しずつ姿を現す風景のように蘇ってきた。しかし、まだ大きな空白が残っていた。


「わかった。やろう」


村上は懸念を示した。「侵入することで、法的な立場が弱まることを忘れないでください」


「既に弱いですよ」斎藤は皮肉っぽく笑った。「闇市場でのデータ取引、無許可の記憶共鳴実験…私たちは既に法の向こう側にいます」


桜井がアクセスパネルに小型デバイスを接続した。「昨日の侵入で取得したセキュリティコードを使います。30秒」


緊張した沈黙の後、ドアがかすかな音を立てて開いた。四人は素早く内部に入り込んだ。

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