第30話
桜井のアパートは、複雑な機器とコード開発の活動拠点に変わっていた。テーブルの上には様々なデバイスが広がり、壁にはアルゴリズムの図が投影されている。村上も合流し、記憶共鳴システムの理論的基盤を提供していた。
「記憶は単なるデータではありません」村上は説明した。「感情、感覚、文脈、すべてが絡み合って存在するのです」
桜井はコーヒーを一気に飲み干し、続けた。「だから単純なデータ転送ではなく、『共鳴』が必要なんです。誠一さんの脳内に残る記憶の残響と、外部データを共鳴させる」
美香はテーブルの隅で図面を見ていた。「これは家族写真のデータ?」
「はい」桜井は頷いた。「高村さんが写真を見た時に記憶の断片が戻ったこと、あれが重要なヒントです。感情的トリガーが記憶再生のカギなのです」
遥香はVRヘッドセットを調整しながら加わった。「私のVRシステムは脳波をリアルタイムで視覚化できる。それを桜井さんの記憶データと同期させれば…」
「理論的には可能です」桜井は興奮して言った。「でも、これまで誰も試したことのない技術です」
誠一は黙ってホログラム画面に映る自分の記憶データを見つめていた。断片的な画像、感情のスペクトル、脳波パターン。それが彼の人生なのか。
「誠一」美香が彼の手を握った。「本当にリスクを冒す価値はあるの?私たちは新しい思い出を作ることもできるわ」
誠一はゆっくりと妻を見た。「新しい思い出も大切だ。でも…私たちの歴史も取り戻したい。遥香の初めての運動会、浩二が生まれた日、君と出会った瞬間…」
作業は夜を徹して続いた。桜井と遥香はVRシステムとニューラルインターフェースを組み合わせ、斎藤は城之内から得たデータを分析していた。村上は記憶共鳴の理論を磨き上げ、美香は全員にコーヒーと食事を供給していた。
深夜、桜井が突然立ち上がった。「一次テスト準備完了!」
「本当に?」誠一は驚いた。「もう試せるのか?」
「完全版ではありません」桜井は注意深く言った。「小規模テストです。記憶の一部だけを試します」
チームは基本的なニューラルインターフェースを誠一に装着した。
「家族写真を見てください」桜井は指示した。「それをトリガーとして使います」
誠一はポケットから大切な家族写真を取り出し、見つめた。同時に、遥香のVRシステムが彼の脳波を視覚化し、桜井のアルゴリズムが城之内から得たデータと同期を試みる。
「記憶共鳴開始…」桜井がカウントダウンした。「3、2、1…」
誠一の意識がぼやけた。鮮明な閃光が脳裏を駆け抜け、彼は別の場所にいるような感覚に陥った。
*海辺の夕日。波の音。遥香の小さな手。「パパ、見て、きれい…」*
そして突然、予期せぬことが起きた。別の記憶が侵入してきた。
*白い研究室。機械の音。「城之内先生、記憶転送プロトコル準備完了です」*
*女性の写真。「真理子…もう少しだ…」*
誠一は苦しそうな表情を浮かべ、装置が警告音を発した。
「急上昇する脳波!」桜井が叫んだ。「切断します!」
システムが遮断され、誠一はゆっくりと現実に戻った。額に冷や汗を浮かべている。
「誠一!大丈夫?」美香が心配そうに駆け寄った。
「ああ…」彼は深呼吸した。「信じられないほど…鮮明だった」
「何が見えたの?」遥香が尋ねた。
「海辺での記憶…遥香が小さかった時の」誠一は笑顔を見せた。「でも、それだけじゃない。城之内の記憶も見えた。彼の研究室と…彼の妻の写真」
「記憶の共鳴だけでなく、共有も起きています」桜井は驚きの表情で言った。「あなたと城之内博士の間に、双方向のリンクが存在する可能性があります」
「これを利用できるかも」遥香が突然言った。「城之内博士の記憶にアクセスできれば、ライフログシステムの全貌がわかるんじゃない?」
「危険すぎる」美香が心配そうに言った。
「でも可能性はある」斎藤が前に出た。「これは予想外の展開だが、利用できるチャンスかもしれない」
村上は深い眉間のしわを寄せていた。「記憶は領域を超えて共鳴する…これは私の理論の範囲を超えています」
話し合いが続く中、誠一は自分の記憶と城之内の記憶が交差する不思議な感覚について考えていた。まるで量子もつれのように、二人の意識が何らかの形でつながっているようだった。
「改良したシステムをデザインします」桜井は決意を新たにした。「次回は完全な記憶共鳴を試みましょう」
「それと同時に」斎藤が言った。「城之内の秘密研究室の調査も必要だ。彼が提供したマップを使って」
全員が見つめる中、誠一は決断した。「両方やろう。私は記憶共鳴システムを試す。斎藤さんと桜井さんは研究室の調査を」
「私も行く」遥香が言った。「VRシステムの操作は私じゃないとできないもの」
美香は心配そうな表情だったが、反対しなかった。彼女も夫の記憶が戻ることを心から望んでいた。
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