第116話 レースの取り扱いは難しい
あの夜から、数日後。
千恵子たちが贔屓にしている商店街を突っ切り、阿修羅場公園を抜け、川沿いを十五分。
枯れ葉舞う桜並木の先にある高級住宅街、そこの一角にあるひときわ目立つ和風の平屋。
その一室、人外のぬいぐるみだらけの部屋から、カタカタと小気味いいミシンの音が響き渡っていた。
「ったく! 世話の焼ける大人たちだぜ……」
そう呟くのはチンピラ集団独走蝙蝠のトップ幅霧猛、十八歳だ。
自室にて、スキンヘッドを光らせ眉間にシワを寄せては返す、まるで波の満ち引きのようにさせていた。
その理由は――。
「にしても、ムズいな……レースを縫うっていうのは――」
愛美、フリーディアの臣下組に、コミケにどうしても間に合わさないといけないと頼まれたあるものを急ピッチで製作していたのである。
けれど、順調ではなかった。
(というか……急過ぎんだろ! もっと順序よく計画を立ててほしいぜ……こんな難しいのをするならよ)
そう、三日後には、完成品が欲しいと言われた上、初めて扱う素材、純白のレースに戸惑っていたのだ。
いくら手芸が趣味であっても、なんかちょっぴり乙女な部分があったとしても、お年頃全開の男子。
レースなんてヒラヒラしたものをその手に取るなどほぼない。
あったとしても、カーテンとかそういった日常生活で触れるものである。
「はぁ……受けたからにはやるしかねぇしなぁ〜」
猛は時折ぶつぶつと文句を言いながらも、ミシンで一枚一枚、丁寧に薔薇の花びらを縫い込んでいく。
「チッ、まーたほつれちまったじゃねぇか……イライラすんなぁ!」
眉間にシワを寄せて強面MAX状態になったが、なにもレースや創作活動に腹を立てているわけではない。
ただ、綺麗に縫ってあげられない自分に苛立っているのだ。
やはり根は優しくて真面目な猛である。
「たけたけさん、そんなに雑にしたらよくないと思う」
ヴァンパイアのゆるキャラキュルミのクッションに体を預けつつ、一緒に作業を進めるのは、すっかり意気投合した蜘蛛っ娘のアラクネである。
だが、彼女だけではない。
その右隣では、大きなリボンを揺らす、クラスメイトの西園寺くれはがいた。
「そうよ! レースってものすっごく生地が薄いんだから! 慎重にしないとよ!」
大人っぽいアラクネに引っ張られて、年上の猛になかなか強めの口調をしてしまう。
けれど――。
「ん? ああ……そうだな。ついつい力が籠もっちまった」
チンピラ系強面乙女男子の猛は、そんなことに腹を立てないのである。
それどころか、
(アイツらとの毎日も居心地いいが、この時間も楽しいな)
なんの遠慮もない、真っ直ぐなやり取りに楽しさを見出していた。
そんな不器用ながらも、優しい会話のキャッチボール、猛の人当たりの良さに気付いたようで、アラクネは控えめな笑みを浮かべた。
「うん……私も手伝うから、楽しみながらやろう」
それはもちろん、彼女の隣は渡さないと言わんばかりに、べったりと引っ付いたくれはも同じであった。
「わ、私も手伝うわ!」
そういうとアラクネの細い腕にグイグィーッと自らの腕を絡ませると、自分の方に引き寄せる。
(いや、なんかちょっと違う気がしないでもねぇが……)
そんなスタンスの違う二人に対して、猛は頭をポリポリと掻く。
それもそのはずであった。
まるで『取らないで!』と言わんばかりの反応なのだから。
(ま、こういうのもいいか……)
「へへっ! ちっこいのにしっかりしてんな! ありがとな。お前ら」
しかし、二人の頭をポンポンと優しく撫でた。
そう、この猛もどこぞのOLの影響を受けていたのだ。
違いを認め合う千恵子とアカーシャの不思議で、心に残る良い関係。
(あれは、いいもの見たな! コイツらもあの人たちみたいなれば、なんかいいな♪)
すっかりお兄ちゃん気分の猛であった。
「えへへ……うん。任せて」
「フ、フン、大船に乗ったつもりでいなさい!」
「じゃあ、早速……」
アラクネはそういうと、被っていたフード脱いだ。
そして背中から一本、また一本と手足を出していき、ほつれた部分を残像ができるほどの速さで解いていく。
ちなみにだが、くれはには、アラクネが蜘蛛の半神半魔ということはまだ内緒だ。
蜘蛛の手足は、最近できた便利なロボットとかどうとかで誤魔化している。
(バレんのは時間の問題だろうな……どこの世界にあんな精巧な蜘蛛の手足があるんだよ……)
そう思いつつも、背中から生えた蜘蛛の手足に目を輝かせているくれはを目にして、
(いや……バレねぇか……)
確信する猛である。
(にしても、ホントスゲえなぁー。一体どうやって、糸を解いてんだか、わかんねぇくらいだ)
アメジスト色の大きな瞳、口数少なく繊細で優しそうな雰囲気とは違い、鋭く真剣そのもの。
お忘れかもしれないが、千恵子、愛美の人外愛に隠れて、目立たないが猛もなかなかに人外オタクなのである。
蜘蛛っ娘に心躍ることはあっても、怖がることなど全くない。
三人で時折、談笑しつつ、阿吽の呼吸で製作を進めていると勢いよく扉が開いた。
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