人形化現象調査記録
藍沢 理
週刊誌
週間███ 2025年3月号[民俗伝承特集]より抜粋
「集団消失事件から三十年――謎に包まれたひな祭りの夜」
日本人であれば誰もが知る年中行事、ひな祭り。女児の健やかな成長を願い、雛人形を飾るこの風習は、古くは平安時代にまで遡る。しかし、平穏な祝祭の影に潜む闇があることを、どれほどの人が知っているだろうか。
平成七年三月三日、東京都新宿区の閑静な住宅街で起きた集団消失事件。当時、同区内の複数の家庭から計七名の女児が忽然と姿を消した。捜査関係者によれば、いずれの家庭でもひな祭りの準備が整えられており、雛人形が飾られていたという。
「あのとき、私は現場検証に立ち会いました」と語るのは、事件当時、警視庁捜査一課に所属していた██警部(当時)だ。「最も奇妙だったのは、どの家庭でも女児と同時に、雛壇の雛人形も消えていたことです。しかも、親は『子どもが雛人形を持ち出すはずがない』と口をそろえて言ってました」
七名の女児はその後も発見されることはなく、未解決事件として現在も捜査が続いている。事件から三十年が経った今、私たちはこの謎に新たな光を当てるべく、独自の調査を進めた。
「語られざる伝承」
民俗学者の████氏は、この事件に古い伝承が関わっている可能性を指摘する。
「江戸時代の文献に『雛に魂が宿る』という伝承があります。特に午前零時を過ぎてひな人形を片付けないと、人形が魂を持ち、子どもと入れ替わるという言い伝えがあったんです」
事実、消失した七名の家庭では、いずれも三月四日になってもひな人形が片付けられていなかったことが警察の調書から明らかになっている。
「単なる迷信と片付けられがちですが、日本各地には類似した伝承が残ってます。人形に魂が宿るという概念は、
一方、当時の捜査に携わった██刑事は懐疑的だ。「オカルト的な話で事件を説明するのは簡単ですが、私たちが見たのは、冷徹な犯罪の痕跡でした。ただし、犯人が伝承を知っていて、それを模した可能性はあります」
「封印された調書」
事件に関する警察の調書の多くは今も非公開だが、我々は独自ルートで入手した資料から、これまで明かされていなかった事実を知った。
消失した七名の女児は全員、ひな祭り当日に高熱を出していたという。また、女児たちは祭りの日の数週間前から「お雛様が話しかけてくる」と家族に訴えていたという証言が複数残されている。
さらに衝撃的なのは、七つの家庭全てで、雛人形を購入した店が同じだったという点だ。その店は「████人形店」。しかし、事件後すぐに店主は姿を消し、店は閉鎖された。
我々取材班は、この人形店の元従業員を探し当て、話を聞くことに成功した。
「店主は確かに変わった人でした。雛人形を作る際、何かを中に入れてたと思います。私が偶然見たとき、赤い糸っぽいものを人形の中に縫い込んでました」
店主の行方は今も分かっていない。
「新たな証言」
事件から三十年。被害者家族の多くは沈黙を守り続けているが、今回、匿名を条件に取材に応じてくれた家族がいる。
「あの日、娘は朝から『お雛様と遊びたい』と言ってました。熱があるのに布団から出て、雛壇の前に座り込んでいたんです。私が夕食の支度をしている間に……」
話す声が震える。三十年たっても癒えない傷がそこにあった。
「夜中になって娘の様子を見に行くと、部屋に誰もいなくなってました。雛壇も空っぽで……ただ、枕元に小さな紙人形が置かれてたんです。それも次の日には消えてました」
紙人形。江戸時代、ひな祭りの原型となった流し雛である。紙で作った人形に厄や穢れを移し、川に流す風習があった。現代でもその風習は脈々と受け継がれている。
事件は未解決のまま時が過ぎたが、平成七年以降も、全国で三月三日に女児が姿を消す事件が散発的に発生している。しかし、いずれも単独の失踪事件として扱われ、連続性が指摘されることはなかった。大きな事件として扱われない。そのため、個々の事件は迅速に風化していった。
「今でも三月三日が近づくと、町中の雛人形が私を見ているような気がします」と、被害者家族は怯えながら語った。「みんな忘れてしまったかもしれないけど、あの人形たちは、まだ何かを待ってると思うんです」
三月三日、あなたの家のひな人形は、本当に人形のままだろうか。
(██████/本誌特別取材班チーフ)
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