第7話「500年後の真実 ~おかえりとただいま~」

「ここが酒場……」

 経矢はギルドの建物より少し離れた場所にある酒場の前に立っていた。入り口の大きな扉を開くと、店内にはたくさんの冒険者たちがいて賑わっていた。経矢はキョロキョロと店内を見渡す。

「いらっしゃい! 1人かい? それとも誰かと待ち合わせか?」

 経矢に気付いた酒場のマスターが彼に声を掛ける。

「えっと……1人なんですけど、情報を聞きたくて」

「ほうほう、なるほどな! お代は頂くけども、何についての情報が欲しいんだい?」


 経矢は少し考えてから、世界の情勢について聞きたいと伝える。マスターは少し驚いた顔をするが、すぐに笑顔を浮かべて言う。

「なるほどな! じゃあ一杯サービスにしてやるよ! ちょっと待ってな!」

 マスターはそう言って厨房の方へと消えていく。少しすると彼は戻ってきて、経矢の前にビールジョッキを置いた。

「まあ一杯やってくれ! それで聞きたい事ってのを教えてくれないか?」

「あ……ありがとうございます」

 経矢は戸惑いつつも、ビールを一口飲む。


「あの、世界政府ってどうなったんですか? エバーグリーンの元老院は?」

 するとマスターは怪訝そうな表情を浮かべる。

「世界政府? エバーグリーンの元老院? お前さん、頭でも打ったのか? どっちも500年も前に滅んでるよ」

 経矢は唖然とする。

「え……!? そんなはずは……!」

「おいおい、冗談なら他所でやってくれ。そんな嘘を言って金儲けでもしてるのか? まあ、そのビール代くらいなら稼げると思うが」

 マスターはそう言って笑う。


 経矢は混乱していた。

(500年前に滅んだ……? どういうことだ?)

 経矢が考え込んでいると、マスターがまた口を開く。

「お前さん、本当に大丈夫か? エバーグリーンの元老院はソニア女王とその兵器と戦って皆殺しにされ、その影響で世界政府も解体された。どんな田舎者だって知ってる常識だろう?」

 経矢はソニアの名前を聞くと、勢いよく顔を上げた。

「ソニア女王が……元老院を皆殺しに……?」

「ああ、そうだ。本当に知らないのか? それか、まだ酒が足りてないんじゃないか?」

 マスターの言葉に経矢は俯く。

「はあ……お前さん、冗談にしちゃ度が過ぎてるぜ」

 マスターは眉をひそめ、周囲の客の目もちらちらと経矢に向けられているのを感じる。


 しかし、徐々に経矢の口から笑いが零れる。

「……は……ははは……はははは! そっか、ソニアさんはやっぱり成し遂げたんだ! ははは! 世界政府も元老院も、全てぶっ壊したんだ! マスター、ソニア女王はどうなったんですか? その後どうなったんですか?」

 経矢の突然の変貌ぶりにマスターは驚く。

「な……なんだよ突然? ソニア女王は、操る兵器ごと自爆してその生涯を終えたって伝えられてるぞ?」

 経矢は、その言葉を聞くとビールを一気に飲み干して

「教えてくれてありがとうございます。ごちそうさまでした」

「お、おう……」

 経矢は礼を言うと、ビール代を支払って酒場を出た。

(もう少し、俺がいなくなった後の歴史について調べる必要がありそうだ。ここは帝国に行くのが一番かもしれない)

 経矢は宿へと戻りながら、そんなことを考えていた。

 宿へ帰ると、経矢はすぐにシャワーを浴びて横になった。

「……成し遂げてたんだな、ソニアさん……。あの日、守りきれなかったものを、あなたが……」

 成し遂げていたことを喜ぶ一方で、それこそが戻ってきた自分の使命だと思っていた経矢の心に、ぽっかりと穴が空いたような感覚が残る。復讐という名の炎は、彼の中で静かに燃え尽きていた。



 翌朝、経矢は身支度を整えて宿屋を出る。

「さてと……じゃあそろそろ行くか……」

 そして冒険者ギルドの建物へと向かう。

(元老院に復讐することも俺の目的の1つだったけど、ソニアさんがやり遂げていたし……。復讐の相手はもういない。俺はこれから何をしよう……)

 そう考えた経矢の頭の中に、イリーナとスミスの笑顔が浮かぶ。

 だが……。

「いや、ダメだ。2人の平和な生活を邪魔したくない……。あの笑顔に、俺は……似合わない。あの2人の世界に、俺みたいな奴は……いたらいけない。俺は、2人の前から消えなきゃ……」

 経矢はそうつぶやくと、冒険者ギルドの建物に入っていくのだった。



 クエストで資金を稼いで、船を雇って帝国のあるアルセィーマ地方へと向かうことを決めた経矢。

(もう過去にしがみついてるわけにはいかない……。だけど、この500年で何があったのかもっと調べないと……)

 ソラリスに挨拶をし、クエストボードを眺めていると、経矢の目に1つの依頼が目に留まった。

「ん……? これは……」

 その依頼書は、ある村からの依頼で、近くの森に魔物が現れたので討伐して欲しいというものだった。報酬は金貨10枚とかなり高額だ。

(この金額なら、船も余裕で雇えるな……)

 経矢は依頼書を手に取り、ソラリスの下へ行く。

「ソラリスさん、この依頼かなり報酬がいいみたいなんですけど、難しいんですか?」

 ソラリスは依頼書を見て、経矢に答える。

「そうね……。この依頼は、かなり危険よ。つい先日もこの依頼に挑んだ冒険者パーティーが大怪我して帰って来たんだから……」


 ソラリスは心配そうな表情で経矢を見る。

「そうなんですか……。ちなみに、この依頼の魔物ってどんなやつなんですか?」

 経矢がそう聞くと、ソラリスは依頼書に書かれている魔物の名前を見て答える。

「……魔獣ホーンデビル。大きなシカの角を持つ、4足歩行の魔獣よ。草食の魔物なんだけど、とにかく力が強いし、気性も荒いのよ」

「なるほど……。じゃあ、この依頼受けます」

 経矢は迷わずに依頼を受注する。

「そう……。まあ、キョウヤくんがそう言うなら止めないわ。 でも気を付けてね? もし何かあったらすぐに依頼を破棄して帰って来るのよ」



 依頼された森は先日、薬草集めで訪れた現場の近くだった。

(またクマが出ないといいけど……)

 経矢は、祈りながら森の中を進んでいく。しばらく歩いていると、どこからか獣のうなり声が聞こえる。

(近いな……。気を付けないと……)

 経矢は息を殺して辺りの様子を窺う。すると少し離れた水辺に依頼書に描かれている魔物に似た角を持つ、大きなシカが立っていた。

「あれが依頼の魔物か……」


 経矢は物陰に隠れつつ、作戦を考えていた。すると、水を飲んでいるホーンデビルに近づく影を見つける経矢。

(あれは……ゴブリンか?)

 5体ほどのゴブリンが、ホーンデビルに狙いを定めている。

 ゴブリンはホーンデビルに気付かれないように、ゆっくりと近づいている。そしてホーンデビルの真後ろに着くや否や、棍棒でホーンデビルの頭を殴りつけたのだった!


「グギャアア!?」

 突然の襲撃にホーンデビルは悲鳴を上げる。別のゴブリンが続けて二発目の攻撃をすると、ホーンデビルの身体には大きく傷が刻まれていた。

 だがホーンデビルも負けじと角を振るって、ゴブリンの何体かを弾き飛ばす。そして、その角が別のゴブリンを薙ぎ払うと、そのゴブリンは木に叩きつけられる。

 ホーンデビルは残った2体のゴブリンに突進し、両者とも撥ね飛ばした。

 ゴブリンたちは巧みな連携で、ホーンデビルはその馬鹿力で、互いに一歩も譲らない。


 その時だった。

 茂みの奥からゆっくりと体を揺らしてグリズリーが姿を現す。

「グオォ……」

 グリズリーはホーンデビルの背後から、ゆっくりと近づいていく。そして……。

「ガァ!」

 グリズリーはホーンデビルの背中に噛みついた!

「ギャアアア!?」

 突然の痛みに悲鳴を上げるホーンデビル。


 だが、グリズリーはさらに強くホーンデビルに嚙みつくと、その角をへし折ったのだった!

「ギイイイィィィ!!」

 ホーンデビルの悲鳴が響き渡る中、ゴブリンたちは今度はグリズリーに攻撃を仕掛けている。

 だが全くダメージを与えられていないようだ。

 魔獣とも呼ばれる危険な魔物が、野生のグリズリーに一方的にやられている。

 必死に抵抗を続けるホーンデビルだったが、グリズリーの止めの一撃を受けると、ぐったりとして動かなくなった。


 そしてグリズリーは自分に攻撃を仕掛けるゴブリンたちに標的を移す。その腕の一撃で1体のゴブリンの頭部が胴体から切り離される。

 恐れをなしたゴブリンが逃げようとするが、あっという間に全滅させられてしまった。


 ゴブリンとホーンデビルの血が、流れる水を赤く染めていく。

 グリズリーは、ホーンデビルの肉を食べ始める。

(討伐した証拠に、体の一部を剥ぎ取らないといけないのにこのままだと全部食べられるな。なら……)

 経矢はそう思い、グリズリーに背後から近づく。忍び足で近づくがグリズリーに、すぐに見つかってしまった。獲物を横取りされると思ったグリズリーが、経矢に威嚇のうなり声をあげる。

(ナイフと小型の銃しか持ってきてないな。長期戦になるかもしれない……)

 経矢は覚悟を決めて、グリズリーと対峙するのだった……。



「グオオオォ!!」

 グリズリーが咆哮を上げる。

「くっ……!」

(なんて威圧感だ! まるで空気が震えるみたいだ……!)

 経矢はグリズリーに怯みつつも、その巨体に向けて発砲する。

 放たれた弾丸は狙い通り命中するが、グリズリーは構わず突進してくる。

「クソ、効いてないのか!?」

(なら、これならどうだ!)

 経矢はナイフを抜くと、グリズリーの懐に潜り込んだ。

 そしてグリズリーの喉元を狙って、素早く突きを繰り出す。

 何度か刺さるも、皮膚が分厚いためかグリズリーに対しての致命傷は与えられない。


 グリズリーも負けじと、経矢に噛みつこうとする。

「うお!?」

 咄嗟に後ろに飛び退く経矢。だが、その動きを読んでいたのか、グリズリーは経矢の着地と同時に突進してきた!

「ぐっ……!」

 何とかガードするも、衝撃で吹き飛ばされてしまう経矢。

(なんて馬鹿力なんだ。本当にただの野生動物か?)

 経矢は立ち上がると、再びグリズリーに攻撃を仕掛ける。スピードで勝る経矢の方が圧倒しているものの、持ってきている武器では決定打に欠ける。

 経矢はグリズリーが噛みつこうとしてくるのを何度も避けていた。しかし、ついにその鋭い牙に腕を貫かれてしまう!

「ぐああ!? (油断したか……それなら……ちょっと本気を——!!)」


 その時だった。

「キョウヤ、頭を下げて!!」

 どこからか声がして、経矢はとっさに頭を下げる。すると凄まじい銃声と共に、グリズリーがうめき声を上げる。

 力が抜けたグリズリーから経矢が距離を取ると同時に、もう2発銃声が響き渡るとグリズリーは一目散に森の中に逃げて行った。1発目はグリズリーの右目を撃ち抜き、2発目、3発目にはグリズリーなどの野生動物が苦手とする忌避剤きひざいを仕込んだ銃弾が発射されたらしい。

「ふう……。ギリギリだったわね……」

 声の主が茂みから姿を現す。それは、イリーナだった。経矢はグリズリーから受けた傷を押さえながら驚く。


「イリーナ!? なんでここに……?」

 イリーナは武器をしまうと、微笑んで答える。

「ジャイヤンまでは、近所の夫婦の馬車に乗せてもらって来たの。そのあとは、ギルドで聞いたのよ。キョウヤが依頼を受けたっていう話をね。この辺りは猛獣だらけだから、忌避弾を持ってきて正解だったわ」

 彼女は身に着けているポーチから消毒液と止血剤を取り出し、経矢の傷に薬を塗っていく。

「うっ……!」

 痛みに顔をしかめる経矢に、イリーナが心配そうに声をかける。

「ちょっと沁みるだろうけど、我慢してね」

 彼女は優しく経矢の腕を包帯で巻いていく。そして最後に止血剤を塗り込むと、応急手当は終了した。


「ありがとうイリーナ。でも、どうしてここに来たんだ?」

 経矢の問いに、イリーナは頬を膨らませる。

「キョウヤが急にあたしたちの前から居なくなったからでしょ~!? 助けてくれたお礼もちゃんとしてないのに! パパもあたしも心配してたんだからね!」

 自分と一緒にいると危険に巻き込むと思い、彼女たちの元を離れたのだが、かえって彼女たちを心配させてしまっていたことに気付いて、経矢は申し訳なさそうに頭を下げる。


「ごめん……」

 経矢が謝ると、イリーナは経矢の頭をポンポンと軽く叩いた。

「まあ、キョウヤにも何か事情があったんでしょ? もう気にしてないから頭を上げて?」

 そんなイリーナに促されて、経矢は顔をあげた。すると彼女は優しく微笑んでいた。そして……。

「……おかえりなさい」

 イリーナのその一言に、経矢は胸が熱くなるのを感じたのだった……。

「ただいま……」

 経矢がそう返すと、イリーナは嬉しそうに笑った。

 "おかえり"、"ただいま"

 その言葉のやり取りは、2人の心を温かくするのだった。



「うん……決めた! あたし、やっぱりキョウヤの旅に付いてく!」

 イリーナの言葉に、経矢は驚いてしまう。

「ええ!? いや、でも……」

 戸惑う経矢にイリーナは指をさす。

「いい? クアンやギャングにはしてやられたけど、あたしだって自分の身を守るくらいできるんだから! それに……あたしももっと強くなってキョウヤを守りたいの!」

 イリーナの瞳からは強い意志を感じた。経矢はしばらく悩んだ後に彼女に向き直る。

「……わかったよ。じゃあ、一緒に行こう! でも、危険な時はすぐに逃げるんだ。いいな?」

 イリーナは「うん!」と元気に返事をするのだった。

 その後、経矢は討伐の証拠として、ホーンデビルの肉の一部を切り取ってポーチにしまう。

 2人は山を下って、冒険者ギルドへとたどり着くのだった。

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