エクリシア世界編:第6話 嵐の前の休息
レミュラさん率いる334小隊の協力を取り付けた後、私たちはミィナさんと駐屯地を後にした。作戦の準備が済んで出動できるのは明日以降という事で、私たちは街で転生者に関する聞き込みがてら束の間の休息を取ることにしたのだ。
「それじゃあどこに行きましょうか? 聞き込みをするなら人の多い場所の方が良いですよね」
ミィナさんはどこへ行くべきか考えながら歩いている。危うく街灯にぶつかりそうになったので私は咄嗟に彼女の腕を引いた。
「あわわ……ごめんなさい。考え事をするとどうしてもよそ見してしまって……」
「それはよく分かるけど、そんなに悩まなくてもいいんじゃない? 私たちはどこでも良いんだし」
とても真面目に考えてくれるミィナさんには好感が持てるけど、観光はついでなんだからそこまで悩まなくていいと思う。
「じゃあ、あそこが一番良いですね。あっちのロープウェイで行きましょう」
ミィナさんはそう言ってロープウェイの方へ歩いていく。何処へ行くかは分からないが、当てもなく歩くよりはマシだし、何より彼女が楽しそうにしてるから任せることにしよう。
「アイク、今の内に楽しんどきなさい。明日からきっと大変そうだから」
「分かりましたよ……こいつが居なかったらもっと楽しめたんですが……」
アイクに今の内に休むように言ったが、後半は大分小さな声でぶつぶつと呟いている。まあ何を言ってるかは予想できるけど。
「聞こえてるんだけど? 悲しいわね~こんなに除け者にされるだなんて」
「自業自得だろ!」
レルワさんはわざとらしくアイクにくっ付いて来た。アイクも振り払おうとするが、それならもっと本気でやればいいのに。多分無駄だろうけど。
「2人とも楽しそうだし、問題なさそうね」
「どうみても問題あるんですが!?」
アイクの訴えは聞き流して私たちはロープウェイに乗って街を登って行った。
●
ロープウェイを降りると、目の前に大通りが広がっていた。斜面の街並みとは違い、ちゃんと平地に作られた通りは空を飛べない者でも歩きやすい。向こうには立派な屋敷のような城のような建物が見える。
通りの左右には石造りの立派な商店や露店もあり、晴れた空の下で人々が賑やかに行きかっている。殆どはミィナさんと同じ種族の様だが、異種族や人間の姿もちらほら見える。
「ここはヴォルグ通りと言って、首都で最も大きな通りで、山の中腹を削って作られています。向こうにあるのはラルマディア議会場です」
「え、ここって首都だったの?」
最初に降りたミィナさんが振り返って解説してくれる。どうやら私たちはこの国の首都に居たということに驚いてしまった。
「はい。ここはラルマディア共和国の首都ラーマディアです! 歴史的には首都の名前はこの国の建国者と言われるヴォルグ・シヴラック・ラーマディアから取られていて……」
ミィナさんが饒舌な口調で解説を始めてくる。まるで観光ガイドの様だ。歴史の話になるとすぐに語りだしてしまう辺り、この人は本当に歴史が好きなんだろう。
「ミィナさん、解説もありがたいですけど……まずはどこかで食事を取れませんか?」
「あ……ごめんなさい。またやってしまいました……」
私はとりあえず食事ができる場所を尋ねる。ミィナさんは謝ってきたけど、もし仕事じゃなかったらちゃんと聞きたいくらいだった。それからミィナさんは近場のレストランに私たちを連れて行ってくれた。
「ここは私もよく来るんです。特におススメなのがヴェルド・パスタで、ライリス・ブレッドと合わせた人気料理なんです!」
ミィナさんは席に着くとさっそくおススメを教えてくれる。私たちにはどんな料理か分からないので、とりあえずミィナさんのおススメを注文する事にした。
しばらくすると、キノコや山菜が添えられたパスタが出てきた。山岳地帯らしく、高山で取れる素材を使っているらしい。一緒に固そうな見た目のパンも出てきた。きっとこれがライリス・ブレッドなんだろう。
「どれどれ……あ、美味しい!」
私はゆっくりとパスタを口にしたが、柔らかい噛み応えのするパスタ麺に、キノコや山菜の程よい硬さが合わさっている。口に入れるとキノコの触感と山菜の香りが広がっていき、食欲を促進させてくる。
「これ美味しいですね! こんなパスタは初めて食べますよ」
アイクも夢中になって食べているが、少々はしゃぎ過ぎではないだろうか。
「あんまり騒いだら駄目よ? こういう店では静かにしておくのがマナーってものでしょ」
レルワさんは本当の貴族みたいに綺麗な作法で食べている。隣のアイクと比べたらどちらが大人なのかは一目瞭然だ。そう言われてアイクも恥ずかしくなったのか縮こまってしまった。
「まあそんなに高級な店じゃないので大丈夫ですよ。でもここの料理はとても好きで、私も週に3,4回は来てるくらいです」
「そんなに……家で料理はしないの?」
私はミィナさんの来店率の高さに驚いて尋ねてみると、ミィナさんは少し恥ずかしそうな表情になってしまった。
「ええと……私、料理ができなくて。だから外食に頼りっきりでして……」
ミィナさんは恥ずかしそうに言っているが、その気持ちは分かる気がする。私もどちらかと言えば料理は苦手だ。何でもできそうなミィナさんのイメージからするとちょっと意外だ。
「意外だわ。ミィナさんも苦手なものがあるのね」
「いえ、苦手というか……昔ちょっとあって、今はやらないんです」
そう言うミィナさんはどこか悲しげで、私はなにか地雷を踏んだ感じがする。このままではマズいと思い、私は無理やり話題を変えようと考え始めた。
「ちょっとアイク。食べないなら私が貰うわよ?」
「なんでそうなる!? 後で食べようとしただけだ」
レルワさんがまるで察してくれたかのようにアイクをおちょくりだした。おかげで暗い空気が吹き飛んだので助かった。アイクには悪いがそのまま弄られていてくれると助かる。
それから何だかんだで食事を堪能した私たちは、ミィナさんに連れられてまた大通りへと戻った。アイクにはその後でミィナさんおススメのお菓子を買ってあげた。
●
大通りで私たちは転生者について軽く聞き込みをしていった。といってもいきなり転生者の事を聞いたりせず、周りに変わった人や最近引っ越してきた人が居ないか尋ねるといった感じだ。
「ふぅ……いつもながら聞き込みは苦労の割に成果が無いわね」
1時間ほど聞き込みをしたが、特に成果も無く私たちは通りの隅にある小さな公園のベンチで休憩していた。ベンチの向こうにはストリートミュージシャンらしき人が居て、喧騒の中に時折管楽器のようで低い響きの不思議な音色が聞こえてくる。
「マスター、この周辺では異種族も多いために不審な人物を特定するのは困難と思われます」
ウラヌスの分析は正しい。こうも異種族だらけでは不審者の定義もそれぞれ変わってくる。転生者が人間でない可能性もあるが、それならもう少し目立つだろう。異種族に転生すると、人間の常識で動いてしまう癖が出ることが多い。そこから怪しまれることもある。
「チノ先輩、こっちも成果はないです。あとなんでこいつと行動しないといけないんですか?」
アイクも疲れた顔で戻ってきたが、レルワさんと一緒に聞き込みに行けと言ったのが不満らしい。当のレルワさんは実に楽しそうだけど。
「単独行動はさせるなって命令らしいよ。仲が良いんだからちょうど良いでしょ?」
「先輩わざと言ってますよね? なんでこいつと仲が良いことになってるんですか」
私は理由を説明するが、アイクはやはり納得いかないらしい。まああんまりからかうのも良くないだろうからこの辺にしておこう。
「じゃあ休憩終わったらウラヌスと変わりましょう。ウラヌスから聞き込みのコツとか色々教わると良いわ」
私がそう言うとアイクは嬉しそうに「やった!」小さく叫んだ。そんなにレルワさんを嫌わなくてもいいだろうに。レルワさんも少しつまらなそうな顔をしたが、特に文句は言ってこない。その辺りの弁え方がしっかりしているのは長く生きているからだろうか。
「皆さんお疲れ様です。休憩用の飲み物を買ってきました」
ミィナさんは人数分の飲み物が入った瓶を抱えて戻ってきた。しかしウラヌスがロボットなのを忘れていたのか1本余ってしまい、それはミィナさんに渡して私たちは再び聞き込みを始めたが、夕方になっても特に成果も無かったので私はそれ以上の聞き込みを諦めてミィナさんの家に戻る事にした。
●
ミィナさんの家に戻ると、私たちはダイニングで夕食を取る事にした。といっても料理をするのではなく、途中で買った料理を広げるだけだったが。
「持ち帰りの料理はあんまり種類が無いので、こんなものしか出せないけど……」
「大丈夫。食べられたら私は何だって良いから」
ミィナさんは申し訳なさそうだが、私からしたらマズくなければ問題ない。テーブルには昼も食べたライリス・ブレッド、ジャガイモのような芋と豆が入ったスープ。そして干し肉とコーヒーが並んでいる。
「とりあえず食べましょ。持ってきたレーションバーよりは美味しい筈だし」
私はそう言って干し肉を手に取って齧りつく。配想員に支給されるレーションバーは栄養は取れるが味はイマイチだ。それに比べたら目の前の料理の方がずっと美味しいだろう。私が食べるとみんなも続くように食事を始めた。
「ところで、アペリエンスの拠点ってまだ見つかってないのにどうやって見つけるの?」
食事をしながら私はミィナさんに疑問を投げる。会議では拠点が見つかったという話は聞いていない。出撃するにしても何処へ行くのだろうか。
「レミューはおおよその候補を割り出してるみたい。だからまずはそこへ行って捜索するそうよ」
ミィナさんの答えに私は納得するように頷いた。少なくとも虱潰しに探す訳じゃないと分かって安心する。
「あの地図を見る限りだと、山岳地帯に隠れてるって事になりますけど……どうやって探すんですか?」
アイクも続けて疑問を飛ばしてきた。確かにミィナさんたちは飛べるだろうけど、そうでない者には大変そうだ。
「あの辺りは交易路にもなっている主要な道路があるので、移動はそこまで苦労しません。拠点を作って道沿いに移動しながら、隠れやすい場所を確認していくと思います」
ミィナさんの答えは聞いただけで大変そうだ。しかし、それが一番確実だろう。アイクはそれを想像したのか少し顔が暗くなっている。
「ということは、明日から大忙しね。アイク、これ食べたらゆっくり休んどきなさい。レルワさんも、調子が悪いなら休んでおくと良いかもしれません」
私はアイクにゆっくり休むように言ってから、やんわりとレルワさんにも釘を刺しておく。それに気づいたのかレルワさんは「分かってるわよ」とだけ返事してコーヒーを飲み始めた。
「そうですね……今日は早めに休みましょう」
ミィナさんもそう言うが、その口調はどこか逸る気持ちを抑えているようにも感じる。私はその理由を尋ねてみたかったが、今は止めておくことにした。
やがて食事も終わり、アイクとレルワさんは昨日の部屋に戻った。私も仕事部屋のソファに向かって休む準備をする。ウラヌスは居間でスリープモードに入っていた。
「チノンさん、明日からよろしくお願いしますね」
シーツを持ってきたミィナさんはまるで何かを期待しているかのようだ。私は少しだけ考えてから答える。
「こっちもね。これ以上の被害は見たくないんでしょ? それは本業じゃないけど頑張ってみるわ」
私がそう答えてシーツを受け取ると、ミィナさんはとても嬉しそうに微笑んだ。
「チノンさんって心が読めるんですか?」
「そんな魔法は持ってない。仕事柄そういうのが得意ってだけ」
私はミィナさんが心を痛めているのは分かる。でも、どこまで心を痛めているのかまでは分からない。私にできるのは精々理解を示すだけだ。
それでもミィナさんは嬉しかったのか、嬉しそうな顔で「おやすみなさい」と言って部屋を出て行った。
私も、なるべく期待には応えてあげようと思いながら眠る事にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます