幕間:配想員1138支所の日常

 ――これはまだチノンとベルタしか支所に配属されていなかった頃のお話。


「あーやっと帰ってきた……」


 異界連絡路のゲートを潜って私は支所に帰還する。今回の配想は2週間も掛かってしまってもう身体中疲れている。ゲートを抜けた時に見える支所の光景が、懐かしく感じてしまうほどだ。


「マスターの寄り道が無ければ、この仕事は6日以内に終了する見込みでした」

「うるさいわね。あんなの見つけたら寄り道したくもなるでしょう?」


 ウラヌスの指摘は至極真っ当だ。しかし、私はそれを曲げてでも手に入れたいものがあった。それは今、ウラヌスに持たせてある。


「お、やっと帰ったな……出発前より荷物が増えてないか?」


 私たちが帰ってきたのを知って所長が出迎えに来たが、思った通りの反応をしてくれる。ウラヌスはそんな所長の反応を無視して抱えていた箱を床に置いた。


「ええ、お土産を持って帰ってきたので」


 私は機嫌よく答えながら箱を開ける。そこには色とりどりの紅茶の茶葉が詰め込まれていた。


「1655世界の紅茶です。ちょうど紅茶祭りみたいな催しをしていたので奮発してきました。これが向こうで一番人気の『ヴェリタス・ムンディ』という茶葉で、こっちが『サイラスース』という魔法植物の茶葉らしくて……」


 これを説明している私の顔はきっと輝いているだろうと、自分でも自覚できる。私の数少ない趣味が、この茶葉集めなのだから仕方ない。


「はぁ……またお前は余計な寄り道をしやがって。その茶葉の経費はどこから出した?」

「現地で魔物狩りのバイトして稼ぎました。所長の懐は痛くならないですよ?」

「そういう問題じゃない。配想員規定に現地での労働は禁止って書いてあるの知ってるか?」


 私は茶葉を手に入れた手段をしっかり報告する。所長の経費を使わないで手に入れるならこれしかないだろうと、私なりに配慮はしたつもりだ。当の所長は額を抑えて唸っているけど。


「バイトというのは些か語弊があります。マスターは中量級の魔物2体に襲われている隊商を守るために戦闘し、そのお礼として報酬を貰っています。なので生命に関わる事態に対しての交戦権が認められます」


 ウラヌスが珍しく所長に反論してきた。確かに規定では生命に関わる場合の交戦は認められている。そう言われるとは思わなかったようで、所長はウラヌスを見て驚いていた。


「お前はいつからチノンに毒されたんだ? まあ、お前に免じて規定の範疇にしといてやる。シャワー浴びたら、その後で一番美味い紅茶を淹れてくれ」


 所長は何か言うのも諦めたようで、そのまま戻っていった。私も紅茶の箱を片付けてシャワー室へ向こうとするが、その前にウラヌスに言っておくことがある。


「ウラヌス、もっとマシな嘘つきなよ。一発でバレてるんじゃん」

「私は本来嘘など付きません。マスターのような達者な口は持っていないので仕方ありません」


 私の突っ込みにウラヌスはいつもの無機質な口調だ。実際ウラヌスの言葉は半分嘘だ。隊商を守ったのは本当だが、実際に倒したのは中量級3体と軽量級1体だ。ウラヌスは過小に報告して自分なりに庇ってくれたんだろう。こいつはロボットの癖に人間くさい。だから私も上手くやれてるんだろう。


「なら充電してる間に嘘の練習でもしてたらどう? それじゃあね」


 私は充電ポートに向かうウラヌスに言い返しながらシャワー室へ足を運んだ。


  ●


 支所の休憩室であるラウンジに、異世界の紅茶の香りが広がっている。窓の外にはこの支所が建っている629世界ののどかな森の風景が広がり、空には魔獣サイズの大鷲が飛んでいる。木々には魔力の源にもなる色とりどりの木の実が成っていて、森に彩りを添えている。


「所長、これ貴重ですからゆっくり飲んでくださいね」


 私が遠回しに忠告したが、所長はそれを無視してあっという間に飲み干してティーポットを傾けてきた。意趣返しだとしたら何とも腹が立つ。


「凄くおいしい! やっぱりチノちゃんの淹れる紅茶は最高だわ~」

「でしょ? ベルちゃんは紅茶の飲み方が分かってるわね」


 その隣ではベルタも紅茶を一口飲んで感激している。私は所長に聞こえるようにわざとらしく褒めたのだが、所長は顔色ひとつ変えていない。とてつもなく負けた気がした。


「そういやベルタ。お前もさっきの仕事で寄り道したって言ったな?」

「あ、はい。私も欲しい物があって……配想先の人から強引に持たされた現地の物品と交換して貰いました」


 所長が2杯目の紅茶を飲みながらベルタに聞くと、彼女は少し申し訳なさそうに答えている。ベルタは真面目だから、規則では現地の物品を報酬で受け取る事は出来ないけど、それを物々交換で解決したんだろう。


「規則的には何も問題ないから気にするな。ベルタはよく働いてくれるから、俺は助かってるよ。問題を起こさない部下を持てて俺は幸せだ」


 所長は気にするなと励ますように言っている。私には文句を言っておきながら、この対応の差は露骨だと思う。そう思って所長に冷たい視線を送ってみる。


「まったく、ベルタの真面目さが他の奴にも伝われば俺も楽なんだがなぁ……」


 私の視線に気付いた所長は逆に挑発してきた。私は対抗するのも馬鹿らしくなってきたので、ふんと鼻を鳴らして自分の紅茶を飲む。そのやり取りを見ていたベルタはくすくすと笑っている。


「それで、ベルちゃんはどんなお守りを貰ってきたの?」


 私は先の仕事でベルタがもらってきた物を聞いてみる。彼女が物々交換してでも欲しい物なんて、お守りくらいだ。その量は凄まじく、部屋の壁一面に飾ってある程で、それでも飾れない物は専属ロボットのクローバーに身に付けさせている。


「えーとね……これよ。2651世界の太陽と月を象った髪飾り。とっても綺麗なデザインでしょ?」


 そう言いながらベルタが取り出したのは太陽と2つの月が重なり合った幻想的なデザインの髪飾りだ。銀色に輝くその髪飾りは、私も美しいと感じるほどに綺麗だ。


「これはね、向こうでは『想い出を守ってくれる』って言われてるの。私たちの仕事にぴったりな効果でしょ?」

「へぇ、本当に想い出を守ってくれるなら、私たちにはぴったりだね」


 髪飾りを手にしたベルタは嬉しそうに効能を語っていて、窓からの日射しを浴びて光る髪飾りを見ると、本当にそんな効能があるように見えてしまう。私はベルタみたいにジンクスやオカルトは気にしないのだが、彼女は特にジンクスを気にしているから、その反動かお守りを集めるのが大好きなのだ。


「本当はふたつ欲しかったんだけど、これしか残ってなかったの。チノちゃんにもあげようと思ってたのに……」

「その気持ちだけで嬉しいよ。ありがとうベルちゃん」


 ベルタはこの素敵な髪飾りを私とお揃いにしたかったようで、手に入らなかったことを少し悲しんでいた。でも、私にはその気持ちだけで十分だ。私はそういったお洒落はあまり気にしてないし。


「ダメダメ。チノちゃん全然お洒落しないから、こういうアクセサリーだけでも付けさせたかったのに!」


 予想に反してベルタは私を可愛くしたかったらしく、悔しい顔になっている。それはできれば勘弁してほしいところだ。

 私たちがそんな会話を繰り広げている間に、ティーポットの紅茶はなくなってしまった。半分以上は所長が飲んでしまったので、次から所長には安物を淹れようと心に決めた。

 こんなとりとめのない会話が、この1138支所での日常だった。



  ●


「……」


 私はベルタから譲られたあのお守り――太陽と月の髪飾りにそっと触れて、在りし日の日常を想起していた。まだ私とベルタ、所長の3人しか居なかったあの頃。あの穏やかで、少しだけ賑やかな日常はとても良い想い出だ。

 あの頃は、支所がこんな風になるなんて思いもしなかった。


「ちょっと~、逃げることないでしょ!? 少しばかり魂の状態を覗かせて欲しいだけなんだから」

「断る! そう言って前も拘束して怪しい実験始めただろうが!!」


 レルワさんの部屋からアイクが脱兎の如く逃げていく。しかしレルワさんは短距離空間跳躍を駆使して秒で捕まえてしまった。


「先輩助けてください! 部下が危険に晒されてます!!」

「私には仲の良い姉弟にしか見えないね。仲良く遊んでたら? ああ、やっぱり674世界の紅茶は香りが良いわね」

「裏切り者ー!」


 アイクが助けを求めてきたが、私ではレルワさんに勝てないし、今飲んでいる紅茶を味わう方が大事だった。最も、レルワさんも本気で危険なことはしないから放っておいてるだけなんだけど。

 いつの間にか、この支所も喧騒が響くようになっていた。ベルタが居たらもっと良かったけど、それを除いても今の支所は賑やかだ。それに、ベルタの想いはこの髪飾りにちゃんと残っている。寂しくはない。


「お前らちょっと静かにしてくれ! 通信会議中なんだ」

「ごめんなさいね。今から部屋で大人しくするから機嫌直してちょうだい」 


 あまりに煩いので所長も見かねて事務所から出てきた。レルワさんは抵抗するアイクを肩に担いで謝ると、そのまま部屋へ戻ってしまった。あの様子だと半日は出てこないだろう。


「まったく……おいチノン。お前に預けたんだからちゃんと指導しろ」

「所長は私の模倣は辞めろと言ったので、自由裁量でやらせています」


 私は所長の文句に言い返す。自分で言った言葉だけに、所長もすぐに言い返せない。久しぶりに勝った気がした。


「はぁ……辺境で楽に仕事してるだけの計画だったんだがなぁ」

 

 所長はわざと大げさに言ってまた事務所に引っ込んでいった。ああ言うが、所長も現状を楽しんでいるのは分かる。だから今の支所は賑やかで、楽しい。


「ふぅ……なんかいつもより紅茶が美味しい気がする」


 私は一番のお気に入りの紅茶を一口啜って、新しい日常を肌で感じていた。

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