第12話

「うーん、あのときはできたのになあ」


 実習場の隅でエリシアは一人、魔法の練習をしていた。メインステージで演目をやる生徒にはここが練習の場として貸し出される。もちろんアーセルに手配してもらったので、エリシアも使えるのだ。


 実習場は時間ごとに使用許可が下りる。今日は誰も使わないらしく、エリシアは朝からここにいた。


 いよいよ学園祭の準備が本格的になり、一年生もほとんどの授業が休みだ。同級生たちは上級生の補佐に回っている。力がある家の子は繋がりを持ちたい上級生の支援に回るが、ほとんどがメインステージに関わる仕事を任されている。


 エリシアは実行委員のため、それらは免除だ。本来なら生徒会役員に付いて仕事をするが、企画を成功させるためにそれも免除だ。脅したとはいえ、アーセルが思いのほか協力してくれて助かっている。


 あとはリクスだ。彼は役員の仕事が忙しいという理由で捕まらない。だからエリシアは一人でひたすら魔法の練習をしていた。リクスが合流したときに魔法が扱えないのでは意味がない。


「うーん。リクスが操作してくれたときみたいな勢いがないなあ」


 エリシアが生み出した花魔法は、矢の形にはなるものの、勢いをなくしてすぐに崩れてしまう。


 一人ではがむしゃらに練習するしかなく、要領を得ないエリシアはまだ自身の魔法を扱えずにいた。


「早く完成させて、リクスをその気にさせなくちゃ!」


 落ち込んでいる暇はない。エリシアはぐっと拳を握ると、練習に没頭した。




「まだいたのか」


 リクスの声でハッとしたエリシアは、辺りを見回した。どうやら何時間も没頭していたらしい。いつの間にか日が暮れかかっている。実習場には開閉式の屋根が付いていて、今日はずっと解放されていたから空が見える。柔らかな夕暮れのオレンジの光が実習場に差し込んでいた。


「リーク! どうしたの? 練習に来た?」


 現れたリクスに頬を紅潮させ、駆け寄る。期待で目を輝かせれば一蹴された。


「違う。ここは今生徒会で管理しているから、施錠と同時に下校を促しに来ただけだ」

「そっか」


 しゅんとすれば、リクスが瓶を差し出した。エリシアは反射的にそれを受け取り、目を瞬いた。


「お前、朝からここにいるだろう。魔力切れを起こすぞ」


 受けとった瓶を見れば、回復薬だった。


「心配……してくれたの?」


 どうしたってにやけてしまう。じわじわと喜びがエリシアの中を駆け上った。リクスはそんなエリシアの顔を見て、眉間に皺を寄せた。


「その様子を見るに、必要なかったか。この類の薬はお前の家が作ってるんだもんな」


 薬事業を担うフローレンス家のエリシアならば、とっくに薬を所持していて飲んでいるとリクスは判断したのだろう。瓶を奪い返そうと手を伸ばしてきた。


「いる!」

「おい!?」


 慌てたエリシアは取られないようにと、瓶を握りしめた手を反対の腕で抱き込む。そしてリクスから逃れると、急いで瓶のふたを開け、ごくごくと回復薬を飲み干した。リクスの目が点になっている。


「ありがとう! 回復したよ!」

「いや、早いな」


 ぷはっと笑顔でリクスを見れば、彼は照れくさそうに右手を差し出した。


「まあ……それなら良かった」

「?」


 意味がわからずリクスの右手に自身の右手をぽんっと置けば、彼は顔を赤くしてエリシアの手を振り払った。


「何をしている!? 俺は空き瓶を回収しようとだな、」

「え? これは大事に取っておくよ!」

「は?」


 ぽかんとするリクスに、エリシアもぽかんとする。


「だって、リークからもらった初めてのプレゼントだもん!」

「それが、プレゼント……?」


 あぜんとするリクスを、エリシアはにこにこと瓶を握りしめて見ている。


「……やめてくれ」

「何で? 綺麗に洗うよ!」


 エリシアの力説にリクスがはあ~と溜息をついた。


「……勝手にしろ」

「ありがとう!」


 幸せそうに笑うエリシアを見て、リクスが頭をかく。


「侯爵令嬢のくせに何でそんなものが嬉しいんだよ」

「リークにもらったものなら、何だって嬉しいよ!」

「そうかよ……」


 ぷいっとそっぽを向いたリクスは怒っているように見えるが、彼の纏う空気は優しい。


 生徒会の仕事だと言いながら、エリシアが朝から練習しているのを知ってくれていた。しかも、心配して回復薬まで持ってきてくれたのだ。


「やっぱりリークは昔のまま優しくてかっこいいね。大好き!」

「だから、そういうことを言うのはやめろ」


 ふふっと笑えば、リクスに睨まれてしまった。でもその瞳は冷ややかじゃない。よく見れば、ほんのり耳も赤い。


 良い雰囲気のついでにエリシアはリクスにお願いをしてみる。


「ねえねえリーク、またわたしの魔力操作をしてくれないかな? あのときの感覚をどうしても掴みたくて」

「いいぞ」

「えっ!?」


 ダメもとでお願いしてみたのに、了承が返ってきてエリシアは驚いた。リクスはエリシアの表情を見ると、溜息をついた。エリシアはリクスの溜息を何度も目にしてきたが、今度は少し様子が違うようだ。

 呆れた表情ながらも、口角が少しだけ上がっている。観念したような、仕方ないなという表情だ。


「諦めないんだろう? だったら学園祭はお前だけでやれ。形にすれば一人でやっても見られるものになるだろう。俺がお前の魔法を形にしてやる」


 リクスの言葉がエリシアに感動を与え、鳥肌がぶわっと立つ。エリシアはいつまでもドキドキする胸の鼓動を止めることはできなかった。

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