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第9話
おじさんの母への想いにはっきりと気付いたのは、私が中学の頃、母が全国大会の決勝で負けた時のことだった。
母は帰ってくるとすぐに、ひとり道場にこもった。
いつまで経っても出てくる様子は無く、私は怖くなって、おじさんに連絡した。
おじさんは仕事場からスーツ姿のままやってきた。
私が事情を説明すると、
「大丈夫だから」
と言って、すぐに道場に向かっていった。
どのくらい時間が経ったかわからない。
私は足音に注意しながら道場に向かい、そっと中の様子を覗いた。
おじさんと母は、向き合うように正座をしていた。
おじさんは、目を瞑っている母をずっと見つめていた。
ふたりはじっとしたまま動かなかった。
ふたりとも変だよ。おかしいよ。
私は、その場から離れたいという気持ちに反して、一歩も動くことができなかった。
ある時、おじさんのお腹が鳴った。
「……もう」
母は目を開け、くすりと笑った。
「悪い」
おじさんも、恥ずかしそうに笑った。
「何しに来たの」
「顔を見に来たんだ」
「…嫌な人」
「貴重な友人つかまえて、そんなこと言うな」
「…私、どんな顔してた?」
「負けた人の顔してたよ」
「当り前でしょ」
「そう。でもな、きれいだと思ったんだ」
母は睨むように、おじさんを見つめた。
フッと息を吐いて、母は立ち上がった。
「ご飯にしましょう」
おじさんは、膝を立てて、立ち上がろうとした時、よろよろと足が縺れて転んだ。
また母は笑った。
「竹宮」
「だって」
「笑うなって」
母は、お腹を押さえて笑っていた。
私は、逃げるようにその場を後にした。
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