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第3話
「ひとつの部屋はまずいよ」
新幹線が浜松を通過する頃、おじさんは母と同じことを言った。
どうしてこんなこともわからないのだろう。
母には腹が立ってしまうのに、おじさんには可笑しく感じてしまう。
「おじさんが何もしなければ、問題ないでしょ」
「そりゃしないよ。しないけどさ。そういうことじゃなくて…、まいったな」
顔を赤くしているおじさんは本当に可愛い。
「困らせるつもりないの。今日と明日は、親子ってことで。ね、お父さん」
「お父さん」
「そ。だから私のこと
「璃子…ちゃん」
「聞いてた?」
「わかった。わかったよ。呼ぶようにする」
ホテルの受付で、頬杖をつきながら「ねぇ、一晴」と呼んでみる。
おじさんはどんな顔するだろう。たぶん、真っ青な顔してこちらを見る。
私はとっておきのウィンクをする。
おじさんは、かしこまった顔をして
「璃子、ふざけるのはやめなさい」
と、お父さんのように注意する、…のかな。
楽しい。おじさん。すごく楽しいよ。
今日と明日だけ。私とおじさんのふたりきりの時間。
「ひとつ聞いていいかな」
私の妄想を遮っておじさんが声かけた。
「なんで京都の大学を受けようと思ったの?」
「中学の修学旅行の時、京都に来てね。いつかここで、夏目とか、芥川とか、そういう自分の好きな文学の勉強したいなぁって思ったの。それでね、お休みの日に、読みかけの文庫本を持って、神社仏閣を回るの」
「璃子ちゃんは読書家だもんね」
「璃子ね、璃子」
「ああ。璃子。うん」
「でもなんでそんなこと聞くの?」
「竹宮が心配しててね」
「は? なんで?」
「璃子ちゃんは本ばかり読んで友達が少ない、京都になんか行ったら、ますますひとりで閉じこもるんじゃないかってね」
「…璃子は、大丈夫だよ。同じ学部で話の合う友達出来るから」
「高校の時はそういう友達いなかったの?」
「いない。価値観が根本的に違う」
「価値観」
「例えばね、休み時間に好きなタイプの男性の話が聞こえてくるでしょ。何て言ってると思う?」
「さぁ」
「優しい人、だよ。優しい人。うえぇって思っちゃう」
「いいじゃない。だめなの?」
「優しいの意味なんてわかってないんだよ。自分にだけ親切な人ってくらいでしょ」
「ははぁ」
おじさんは、東京駅で買ったコーヒーを口にした後、こう言った。
「璃子ちゃんのタイプは?」
「え?」
「好きなタイプ。考えたことあるだろう」
「うん…」
「よかったらでいいけど、聞いてもいい?」
「えっとね……。寂しい人」
「寂しい人?」
「そう。寂しい人が好き」
「ふーん。面白いなぁ」
「おじさんは?」
「は?」
「おじさんの好きなタイプ」
「いや、もうそういうの忘れちゃったよ」
おじさんは、近付いてきた車内販売を呼び止めた。
「璃子ちゃんは、なんか飲む?」
「…私はいい」
おじさんは新しいコーヒーを受け取り、車窓から流れていく景色を見ながら、少しだけコーヒーに口を付けた。
ねぇ、おじさん。おじさんの好きなタイプって、負けず嫌いな人、でしょう。
私は、おじさんの横顔に向かって透明な言葉で問いかけた。
新幹線はまもなく名古屋に到着する。
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