第32話「森の守護者と暴走の影」
「数か月前、この森に1人のヒューマン種の男と、その仲間と思われる少年が現れた」
クーロンの言葉にマリナとルルは首を傾げる。
彼は説明を続ける。
「その男たちは、この森の生物たちを――」
クーロンは苦々しそうに眉をひそめる。
「死霊術の生贄だと言い出した」
ルルが小さく息を呑む。
「そして森を荒らし、動物や植物たちを捕まえては……殺し始めたのだ」
クーロンはそこまで話すと、カップに入った水を口に含んだ。
「その男たちのせいで……」
ルルはマリナに視線を向けると、彼女もまた同じ考えに至ったようでうなずく。
2人の中で1つの答えが導き出されたようだ。
そんな2人の様子を見たクーロンは、話を続けることにしたのだった。
「そうだ……。グランローズの狂暴化の原因は奴らのせいだ。我々も森を守るために抵抗したのだが、その男はヒューマン種とは思えないほどの強力な魔法を使ってきてな。我らの仲間も大勢……」
クーロンはそこまで話すと、苦虫を噛み潰したような顔になり言葉を詰まらせる。
「自然の営みを破壊しかねないほど、多くの森の命が失われていることに怒ったグランローズは、男たちに攻撃を仕掛けたのだ……」
クーロンはそこで言葉を切り、空を仰ぐ。風が枝葉を揺らした。
「だが……」
低く押し殺すような声で続ける。
「その男の部下である少年が……妙な魔法を放ったのだ」
マリナは思わず拳を握りしめ、ルルは顔をこわばらせた。
「するとグランローズは、彼らだけでなく我々にも牙をむき始めた。まるで暴走したかのように……」
「……その2人は、今どこに……?」
マリナがそう尋ねるとクーロンは首を横に振った。
「すまない……それはわからないのだ。だがグランローズの狂暴化の原因はその魔法だ。元に戻す方法も、その2人が知っているであろうことは間違いない」
クーロンは泉の水面をじっと見つめ、低く呟いた。
「私はこの森に生きる者として……これ以上、森を荒らされるわけにはいかない」
言葉の途中で拳を握りしめる。その横顔には深い皺が刻まれ、長年の重責が滲んでいた。
「必ず探し出し、元に戻させるさ」
マリナとルルが息を呑む。
クーロンは目を細め、ゆっくりと空を仰いだ。
「そして……グランローズの暴走も止めなくてはならん。彼だって、こんなことは望んでいないはずだからな」
重い沈黙が数秒流れる。
やがて、クーロンは自分でその場を和らげるように、少し笑って肩をすくめた。
「……おっと、長話をしてしまったな。すまない。旅人さんたちは先を急ぐのだろう?」
そう言いながら、腰の袋から青く光る小さな石を取り出す。
「この森は迷いやすい。だからこの石を持っていくといい。森の入り口にある石碑に反応する。導きに従って歩けば……必ず森を出られるだろう」
彼の手のひらに乗せられた石が、淡い光を放ち、静かに脈打っていた。
「ありがとうございます、クーロンさん!」
「何から何まで申し訳ありませんわね」
マリナとルルがそう言うと、クーロンは微笑んだ。
「礼には及ばないさ。うちの若い者が迷惑をかけたのだからな。……さあ、仲間を探している途中なのだろう」
それは年長者らしい、優しく温和な笑顔だった。
「この森は広大だ……」
クーロンは青い石を握らせながら、真剣な眼差しを向ける。
「だが、君たちの仲間も先ほどの君たちのように強いのであれば、大丈夫だ。必ず再会できるだろう」
少し間を置き、声を落とす。
「……気をつけて行くのだぞ」
「はい!」
「ありがとうございます、クーロンさん」
2人はお礼を言うと、泉を出て歩き出すのだった。
「クーロンさんたちのお手伝いをしたいけど……まずはエマちゃんとファブくんを探すのが先だよね」
ルルは泉を振り返りながら、少し寂しそうに呟いた。
「そうね……。でも、2人と合流できたら、少しグランローズの暴走とやらについて調べてみるのも悪くありませんわね」
マリナの言葉にルルは嬉しそうに目を輝かせる。
「ほんと!? ありがとう、マリナちゃん! さっすが人助けとなると人一倍やる気が出るマリナちゃんだね!」
ルルはピョンピョンと跳ねる。
ケンタウロス族の男たちの、野蛮な物言いや価値観はルルにとって許しがたいものであったが、それと森の平和とはまた別問題だ。
そしてあのような言動はよくないとはいえ、ヒューマン種の手によって同胞を多く失ったこと、食糧となる森の生物たちも数多く始末されたことで、彼らもまた精神的に追い詰められていたのかもしれない。
「まぁ、わたくしは別に人助けがしたいわけではないけれどね。ただ、神の使いとされるグランローズをも魔法で暴走させたその2人組と、手合わせしてみたいと思っただけですわ」
ルルの言葉に対し、腕を組みながら歩きつつマリナは小さく笑う。
あくまでも強敵と戦うことこそ、自分の目的である、と。
「ルル、あなたはどうなのかしら? その男や少年と一戦交えてみたいの?」
顔だけルルの方に振り返ったマリナに、そう尋ねられたルル。
即座に首を横に振った。
「ううん。ルルはできれば戦いなんてしたくないよ。戦わなきゃいけないのなら戦うけど……。ルルは、本当は誰も傷つけたくないんだ」
「……そう。あれだけ強い力を持ちながら、もったいないですわね」
ルルの答えにマリナは短く返事をすると前を向いた。
そして強い眼差しで先を見つめる。
「わたくしは違うわ。戦いこそが己を試す試練であり、それを越えてこそ意味があるのですわ」
その言葉に頼もしさよりも先に、胸がキュッと締めつけられるような気分になったルル。
(マリナちゃんにだって、ほんとは戦ってほしくないけど……。言ったら怒っちゃうよね、きっと……)
ルルは心の中でそう呟く。
ルルと違って、マリナにとって戦って強くなることこそ、彼女の最も大事な目的のようなものなのだ。
そんな彼女に戦ってほしくない、なんて言うことはできない。
前を歩くマリナの後ろ姿を見つめ、ルルはそんなことを考えるのだった。
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