【2】ひとりぼっちの天使か悪魔
第5話
男子校の文化祭で、どうして〈ベストカップルコンテスト〉なんてものがあるんだろう。昔は、高校や大学の文化祭でミス・ミスターコンテストが大流行りした時代もあるそうだけど。そういうのって、あんまりイマドキっぽくないよな。まあ、白玖池高校は古臭い私立だから、なかなか文化祭の内容を変えられないのかもしれない。
「せっかくなら、そのコンテストでうちのクラスの宣伝をしよう」
一年B組は、ずっと先延ばしにして来たベストカップルコンテスト出場者についていよいよ話し合うことになっていた。普通なら研究の時間に決めるんだろうけど、二条製薬と一緒にカリキュラムを立てている以上、ベストカップルコンテストについて話せるのは授業時間外だ。
昼休み。いつもはみんな散り散りになっている時間だけど、今日は全員が教室に残っていた。
僕は普段ならこの時間、晴れていればグラウンドの隅、雨なら適当な空き教室にいる。配信でやるゲームのレベル上げやアイテム集め、コラボで参加するTRPGのキャラクター作り、バズっている動画やSNSの確認……。一人で過ごす昼休みは結構忙しい。
最近の最優先事項はクリスマスライブのセットリストの振り起こし。昼休みに頭で覚えた歌とダンスを、家に帰って実際に動いて体に叩き込む。このサイクルを出来るだけ多く繰り返すのが僕の練習法だ。
今までの経験のおかげで、僕は歌とダンスの覚えが早い。でも、バーチャルライバーを始めてからこれまでより完成度を上げるのに時間がかかる気がしていた。例えば、自宅で簡易的なモーションキャプチャを使って踊る時。オズワルドは見本と寸分違わぬダンスをしているのに、何か違うと思ってしまう。なかなか納得出来なくて、バンズに動画やカメラ通話で練習中のダンスを見てもらうこともある。バンズは「ちゃんと踊れてるよ」って言ってくれるけど、僕の中には違和感だけが残る。
流石に今日はダンスなんか出来ない。いくら友達が居ないからって、クラスの話し合い中に突然踊り出すほど僕は腐っちゃいないよ。
クラスの宣伝をしようと言い出したのは二条だった。自分の提案が採用されてから、彼は学園祭の話題に関して学級委員長よりリーダーシップを発揮している。正直、四月に何となく決まった学級委員長の影はすっかり薄れた。今では二条が一年B組を引っ張っていると言っても過言じゃない。
「じゃあ、二条がコンテスト出んの?」
「ぼくは構わないよ。男役でも女役でもどっちでもいい。メイクも出来るから、男子の理想の彼女を作ってあげられると思う」
「さすがバレリーナ」
同級生の誰かが言えば、二条は黒板を前に困ったような笑顔を見せた。
「男性の場合は、バレリーナじゃなくてバレリーノだよ」
二条が国内屈指のバレエカンパニー、〈
「問題は、ぼくとカップルになってくれる相手だね。誰かぼくと一緒に舞台に立ってくれる人は居るかな?」
その言葉に、教室が突然静まり返った。クラスメイト同士で顔を見合わせて、高校一年生とか言う喧しい生き物たちは黙り込む。
そりゃそうだ。あんな眉目秀麗の権化と並んで見世物になりたいなんて、余程の自信家か変人だ。石膏像並みに整った顔の隣に立って、見た目重視のコンテストなんかで! 二条は僕より背が低いけど、クラスの中では長身な方だ。百八十センチはあるだろう。
何だよオズワルド。僕? 僕はそれより十センチくらい余分にデカい。僕のことはどうでもいいよ。いずれにせよ、コンテストに出るなら彼が男役だろう。完全無欠の王子様の隣で、女装なんかしたいか?
「女装に抵抗があるなら、ぼくが女役でもいいよ。きっと顔だけなら、学年で一番の美女になれるさ」
冗談なのか本気なのかわからない口調で二条が続けた。それでも誰も手を挙げない。沈黙の中、僕は二条が女装する姿を想像する。つるんとした肌にファンデーションを塗って、頬をピンク色に塗って同じ色を唇にも。髪はロングのウイッグを……。きっとあいつはさぞ美人になるだろう。男子高校生の理想の彼女を、二条なら実現出来るかもしれない。
その時、誰かが二条に言った。
「二条の隣の席、誰? そいつでよくね?」
「隣? 葛城くんだよ」
次の瞬間、一斉に僕に向かって視線が飛んで来た。視線の矢が刺さる、刺さる、刺さる。お前にもわかるように言ってやろうか。コメント欄がいきなり滝みたいに勢いよく流れ始めて、何を言われてるかさっぱりわからなくなる肝が冷えるあの感じだよ、あの感じ。
だけど、その中ではっきりあいつの顔だけが見えるんだ。声が聞こえるんだ。
「いいね! 実はぼく、誰も立候補しなかったら葛城くんを推薦しようと思ってたんだ。ちょっとこっちへ来てよ、葛城くん」
最初に僕の名前を出したのが誰なのか、どうしてわからなかったんだろう。多分、僕がクラスの誰とも親しくないからだ。僕は呼ばれるがまま席を立ち、我が物顔で教卓の辺りに立っている二条の隣に並んだ。すると、クラスメイトからわざとらしいどよめきが起こった。聞こえやすい声を上げたのは、クラスの中でも目立つ立花とか後藤とか里中あたりだろう。僕の前の席にそのうちの二人が座っているけど、話したことはほとんどない。
「お前ら、背え高いから見栄えするわ」
「葛城、よく見たらイケメンじゃん。もっと出してけよイケメンオーラを」
「今度合コン誘っていい?」
お前に会うまでの間、僕は色んな舞台に立って来た。ミュージカルに出たことは何度もあるし、アイドルの後ろの後ろの方でドームツアーに参加したこともある。だから、教室でたかだか三十人ちょっとの視線を浴びたって大したことはないと思ってた。
でも三十人の前では、五万人の前に立つのとは違うプレッシャーを感じる。闇に塗れた五万人は居ても居なくても同じだけど、昼休みの教室で昼飯食ってる三十人の男子高校生は全員の顔がわかるから。オズワルド、お前ならその気持ちがわかるだろ?
ふと隣を見ると、二条がこっちを向いていた。それが見たことのない妙な表情をしているものだから、僕は度肝を抜かれる。薄い色の瞳がこっちをじっと見て、何かを理解しようと懸命に眉をひそめていた。
「二条、どうかした?」
「あー……。いや、何でもないよ」
珍しく彼は言葉を濁した。僕らを見ている三十人の方にさらりと視線を流しながら。まるで、「こいつらの前で話すことでもない」とでも言いたげな顔で。
クラスメイトによる僕ら二人の品評会は、まだまだ続いていたらしい。呑気な笑い声がこちらを茶化した。
「葛城なら女役でもいいじゃん、童顔だし! でかい女だ、おもしれー! って目立つだろ!」
「止めてくれよ。そんな卑劣な言葉を浴びせるために、ぼくは葛城くんを推薦したんじゃない」
クラスメイトのひやかしの声に、二条は聞いたこともない静かな声で応えた。深海で眠る大きくて黒い魚が、ゆっくりと目を開くみたいに。
「化粧は元来、祈りのためのものだよ。戦いの前、神様に祈る時、儀式において大切な物だ。それが巡り巡って日常生活に定着した。人は化粧で美を纏い、役割を纏う。自分を誇るため、自信をつけるため、願いを叶えるため、背中を押すために化粧するんだ。男女問わずね。それを笑いものにするために使うなんて、ぼくはナンセンスだと思う。君たちがそういう気概なら、ぼくが出るのも宣伝も無かったことにしてほしいな」
こんな空気の中、「僕、出ないよ」なんて言える度胸があるやつが居るなら会ってみたい。例えばお前。お前なら平気で言うかもしれないけど、僕には無理だ。周りの教室の賑やかな声、廊下から怪訝そうにこっちを覗きながら歩く誰かの足音、グラウンドに響くざわめき。全部が僕らの教室を包み込んで、ここだけぽっかりと穴が開いたみたいに何の音もしなかった。
僕はもう、二条史恩の隣に立っていた。
「……二条が出るなら、出てもいいよ。男でも女でも、どっちでもいい」
だって、誰もやりたがらない役だったとしても、役をもらえれば御の字だから。
それに僕は知りたかった。ステージで二条の隣に立った僕は、どんな役になるのか。
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