Flashback

第1話

今日の仕事をようやく終えて書類を課長に提出してきた。


なんとか残業無しで帰れそう。


斜め向かいの巻髪くるくるのあの娘は、終業時間の30分も前から、机の上を片づけて、鏡を前に前髪を気にしている。


時計の針が5時を指すと同時に『お疲れ様でした~。』と甘い声を響かせて机を後にした。


それを余所目に席に戻ると自分の机の上を片づけ始める。


時計の針は5時10分。


さてと…これで帰れると席を立とうとしたその時、係長と目が合ってしまった。


その手には書類。


嫌な予感…。


「ごめん。水川さん残業お願いできないかな…?」


ちらりとその手の書類を見れば、それって…巻髪くるくるの彼女の仕事。


溜息…。



「急ぎですか?」


「うん。明日お得意様に提示しないと…。不備が多すぎてこれじゃ、ね。」


手の中の書類に顔を歪める係長。

だったら、彼女が帰る前に訂正させればいいじゃない。



考えていた事が顔に出ていたらしい。


「…彼女に頼んでも同じ事の繰り返しだろ。」


二人で溜息。


帰り支度の課長に一瞥。


そもそも課長の教育が悪い。


「愚痴っても始まらないか…わかりました。」


仕方なく今落としたばかりのパソコンを立ち上げる。



係長と言っても私と同期の彼。

だからか、今までにも度々こう言う事はあった。


「悪い。今度奢るから。」


奢るって言っても缶コーヒー程度。


「はい、はい。」


どうでもよさそうな私の返事にクスリと笑う係長。


「水川に頼めば間違いないからな。」


いい迷惑。


地味で根暗な杏ならと雑用を頼んでくる人は多い。


慣れている分あしらい方も心得ている。


けれど係長の『私なら間違いないから』のいつもの一言。


あしらい様がない。



「その前に電話。」


「彼氏?」


いると思って言っているの?


「自宅。」


「だよな。」


失礼な奴。


給湯室に入ると、コーヒーを入れ直し、煙草に火を点ける。




涼太

ゴメン

17:20:26


残業になった。

8時までには行けると思う。




溜息を押し殺して煙草を吸い込むとクラクラとくる。


マナーモードのままの携帯が、ステンレス台の上でバイブ振動に小刻みに揺れる。


開けば ―了解― と一言。


涼太からの返信。


煙草を灰皿に押し付けて、コーヒーカップを手に机に戻る。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る