溺れる者は藁をも掴む

 大騒ぎをしている対悪魔部署だが、その原因になった聖女一行のことをきちんと覚えていたらしい。


「こちらが要請されていた、悪魔と支配されていた者達の言動です」

「確かにお預かりしました……猊下、必ず上の者に届けることをお約束します」

「よろしくお願いします」


 戦闘修道士数名が事情を尋ねるためにやって来て、エマが用紙を手渡す。

 当然ながら、連絡を受けた当初の対悪魔部署は悪魔や支配された人間の言動が、調査の役に立つと判断して、エマに纏めるよう要請していた。

 しかしその時は半信半疑だったため重要視していなかったが、濃い悪魔の残滓を探知した今現在は話が変わる。

 事実となった悪魔の言動を読み進める修道士の額に青筋が浮かび上がるのは当然で、神を否定する文言にこれ以上ない憎悪を宿していた。


「ただ、支配された人に関しては……まあ、それこそ悪魔の証明になるため、罰を与えるのが難しいとご理解ください」

「はい」


 それはそれとして、修道士は冷静な部分も維持しており、エマもその見解には頷く。

 人間を支配、または操作する術で本心を曝け出した場合の面倒な点は、術者が言わせているのか、本当に本心なのかが分からないことだ。

 悪魔事件で好き勝手言った者達もまた同じで、なんらかの処罰を与えることは難しかった。


「しかし、間違いなく上級に位置する悪魔でしょう。こちらは推測ですが、人の支配に特化した個体と思われます」


 修道士が口を開く。

 基本的に強力な力と人語を話す知性を持つ悪魔が上級。知性を持たず本能の赴くままに殺戮を行う悪魔は下級に分類されている。

 そして修道士はエマの説明を聞けば聞くほど、どう考えても上級悪魔の引き起こした事件としか思えなかった。


「代わりに肉体強度は低かったようですね」


 もう一つ修道士が推測を口にする。

 正解だ。通常の上級悪魔は肉体も頑強だが、中には特殊な力に振り切っている者もいる。テオの短刀で打倒されたカラス悪魔の分霊もそれに属しており、人間が支配を抜け出すことを想定しておらず、本体ならともかく分霊はかなり脆かった。


「よく悪魔の支配を抜け出しましたな」


 逆を言えば、その精神支配を脱したテオは異常で、修道士は興味深そうに傍で控えていた彼に視線を送る。

 権力闘争に関わらない方針の対悪魔部署は、その最たるものである聖女巡礼にも大した興味を持っていない。

 それ故、女ばかりの一行に男が混ざっていることに首を傾げたものの、態々聞く必要性を感じずテオの立場に関しては流した。


「聖女様達が囚われてた姿に理性のタガが外れたとしか表現できなくて」

「感情の爆発で精神操作を跳ね除ける事例は確かにあります。しかし……よっぽどもよっぽどの場合ですな。知っている実例は、息子を目の前で殺された父という凄惨な件だけです」

「少なくとも俺は、これ以上なく頭にきてました」

「ふむ」


 テオの説明に修道士は疑問を覚えた。疑いという程ではないが、名の知れた戦士ならともかく、まだ年若い青年が悪魔の支配を解くのは非現実的だ。

 しかしこの件に関してテオは、本当に精神力だけで打ち勝っており、探られても裏が存在しなかった。


「私達が保証します。とても雄々しい男性なのですよ。ねえゼナイド」

「ああ」

「そうですか」


 どうも修道士が納得していないと察したアナスタシアが微笑みながら付け足し、ゼナイドも肯定して頷いた。

 少なくとも悪魔事件が起きる前の聖女達なら、修道士の疑問を感じ取れずそのまま流したに違いないため、これは成長と言うべきだろう。


(こいつ、人生の墓場に自分から突っ込むタイプだな。まあ、末端の聖女一行と若者の人生に関しては、好きなようにやってくれとしか言えん)


 なお心の中で呟く修道士は人生の先輩だ。

 その雄々しい出来事で、テオが聖女達から熱い視線を送られていることに気が付いた修道士は、若干投げやり気味な感想を抱いた。

 どこぞの公爵や王族の聖女ならともかく、アナスタシアとゼナイドは後ろ盾のない末端の聖女に過ぎない。そんな者達がどんな人生を送ろうと、政治的リスクはないのだから、対悪魔部署の職務には全く関係なかった。


「念のための確認ですが、我々の部署から人が派遣されます。しかしそれは巡礼の護衛ではなく、あくまでこの件に関しての間だけとご理解ください」

「はい。分かっています」


 修道士は一旦の締めくくりとして、監督役であるエマに予定を知らせる。

 悪魔に関する事柄のため、対悪魔部署はアナスタシアとゼナイドの安全をついでに確保するが、それは例外的な行いだ。

 その後は他の聖女達と同じように扱い、関与しないことが定められていた。


 この結果、テオが冒険者ギルドに行ける余裕が生まれた。


 ◆


 それから暫く続いた対悪魔部署の聞き取りや、人員の受け入れに立ち会ったテオは冒険者ギルドに向かうことにした。

 どうやら王城が白貴教の対悪魔部署に事実上制圧されたらしいという話が出回った頃のようで、テオが街を歩いても混乱している冒険者達は詐欺師に注意を向けることなく、王城を向いて話し合っている。

 そのためギルドも落ち着いていると判断したテオだったが、かなり事情が異なった。


 大忙しの対悪魔部署は、とりあえず悪魔契約用の石板が王城にある理由を三つ考えた。

 一つは山脈国に所属する人間が見つけ出して国が保管した疑い。一つは悪魔の姦計で人々が知らないうちに運び込まれていた疑い。最後に冒険者ギルドが発見した物を、山脈国が危険物だから国が管理すると言った疑い。


 あくまでとりあえずの疑いで、対悪魔部署は山脈国が聳える山々の何処かで見つ出したか、悪魔が関わっている可能性が高いと判断していた。しかし冒険者は行動範囲が広く、様々な遺跡を掘り返すプロであるため、何かしらの事情を知っていながら、太陽国や白貴教に知らせなかった可能性もある。


「おおっと……」


 その考えの結果だろう。テオが冒険者ギルドに足を踏み入れると、重厚な鎧を身に纏った対悪魔部署の人間が数人いた。


 タイミングが最悪だった。テオではない。

 ギルド支部長ダニエルにとってだ。


「だから俺は何も知らない!」


 対悪魔部署が王や山脈国との関わりについて尋ねると、ダニエルは自分の汚職に関わることではないかと疑いを持ち、必要以上の必死さで否定してしまう。

 そして相手は百戦錬磨の対悪魔部署だ。短いやり取りでダニエルが自分達になにかを隠していると確信した彼らは、冒険者ギルド支部長への警戒心を跳ね上げた。


 勿論、テオの権限では関われないことである。


「指名依頼をされているので手続きをお願いします」


 テオはギルドの奥で囲まれているダニエルを気にせず、受付に向かい用件を済ませようとした。


「あ……テ、テオ君。指名依頼だね」


 先日、テオに対して雑な扱いをしていた受付嬢が愛想よく微笑む


(白貴教と伝手が出来るならそう言ってよ!)


 逞しい受付嬢と表現しよう。

 価値がないどころか関わるだけでも不利益を被る、悪臭を放つゴミの如き存在が、枢機卿から指名を受けたことで、途端に宝石に変わった。それならば扱いを変える必要があり、愛想笑いの一つも浮かべるというものだ。


 特に今は、王城を制圧している白貴教の権威を実感している最中なこともあり、テオの要件は後回しにされることなく迅速に処理されていく。


「お、おい! テオ!」


 そんなテオをダニエルが認識して、上ずった声で呼びかける。

 一応支部長の彼も指名依頼の件を知っていた故に……溺れる者は藁を掴むと表現しよう。


「面倒見てやっただろ! 聖女様に言ってくれ! こいつらしつこいんだ!」


 散々詐欺師と罵った男を掴もうとしたのだ。

 一方、良好関係だった時期もある最初のパーティーで、ある程度の教育を受けたテオは、その教えに従い冒険者として答える。


「俺は冒険者です。依頼主とその周囲に独立権限のある部署へ口出ししろとは言えません」


 きっぱりとテオは拒絶した。

 依頼主であるエマと関係性が強い聖女達に働きかけ、対悪魔部署に介入するのは、依頼主に不利益を与える行動だ。常人の殻を破ってなかろうが、冒険者というプロ集団の一員であるテオもまた、優先順位を誤ってはならない。


「この野郎! 復讐のつもりか⁉ ああ!? ふざけんじゃねえぞ!」


 ダニエルが口汚く罵ったら、テオは無言を貫いた。

 テオにすれば先程は曖昧な返答が許されず、この場で強く拒絶する必要性があったため関わったが、それ以外なら態々問答をする意味がなかった。


「話すのは我々に対してだ」

「だから何もしてないんだって!」


 なおダニエルが焦れば焦る程、対悪魔部署の人員は益々怪しいと睨み彼を包囲していく。


 そして、落ちぶれている真っ最中のダニエルを眺める必要性も感じなかったテオは、手続きだけを行い後にするのであった。

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