第3話 南米の罠

 執事のジェームスが連絡した医者が屋敷に到着した時、書斎は嵐の音と血の匂いに支配されていた。

 オリバー・グレイは死体から離れ、柱時計のそばで葉を噛みながらサー・ヘンリーを検視する医者の様子を見ていた。医者――村の老医師ハリスだ――がサー・ヘンリーを調べながら、渋い顔で呟いた。

「八時頃に死んだな。ナイフで一撃だ。まだ体が柔らかい」

 オリバーは髭を撫で、内心で首を振った。柔らかいのが当たり前なら、六時に止まった時計と合わねえぜ。

「おい、医者」とオリバーは声をかけた。「その腕、もうちょっとよく見てみねえか。死んで三時間も経ってりゃ、もっと固まるはずだろ」

 ハリスが怪訝そうに死体の腕を触り、

「確かに柔らかいが……死後すぐならこんなもんだ」

と言い切った。

 オリバーは葉を噛んで小さく笑った。

「八時かよ。なら、六時の針が刺した秘密はどこに行ったんだ?」

 医者はなんのことかわからなかったのか、聞こえないふりで検死を続けたが、オリバーの胸には違和感だけが広がった。

 医者が屋敷を去るのを見届け、オリバーは廊下に出た。頭の中では、あの鎖骨の下のわずかな傷跡が離れない。ナイフ以外に何かある。南米の記憶が疼くが、まだ形にならない。

「ジャングルの罠なら、毒って線もあるが……」

と呟き、オリバーは首を振った。確信が欲しい。証拠がなきゃただの勘だ。

 ――何を探せばいい?

 オリバーはウロウロとあてもなく家の中を歩き回り、やがて階段を上がると、トマスの部屋が目に入った。

 六時に壊れた時計と八時に死んだと言われた死体。そこに何か細工はねえか。そんなことができるとすれば、医学生の野郎、か。

 オリバーは一応ドアを軽く叩いた。もちろん返事があるはずがない。トマスは下の書斎にまだいるはずだ。

 オリバーがノブをつかんで回すと、案の定鍵はかかってねえ。ニヤリと笑い、彼は素早く中へ踏み込んだ。

 部屋は本と薬瓶だらけだ。トマスの机の上を見ると、そこに南米の植物に関する分厚い本が置かれ、開き癖がついたページがあることに気づく。オリバーはそのページを開き、頭から指で追いながら眺めていると、真ん中あたりに「毒矢」の記述が目に留まった。オリバーの目が鋭くなった。

 さらに机の引き出しを開けると、小さなガラス瓶が転がり出た。中は空だが、茶色の液体の跡が残っている。オリバーは瓶を手に持ち、髭を撫でた。

「こいつは……まさかクーラレか」

 南米に従軍していたときの毒矢の記憶が一気に蘇る。あの猟師は、毒で筋肉が止まり、死が遅れた。サー・ヘンリーと同じだ。

「間違いねえ。六時の針が刺したのは、ナイフじゃねえ。こいつだぜ」

と呟き、彼は瓶をポケットに突っ込んだ。

 廊下に戻ると、エリザベスが立っていた。

「何してるんです」

と彼女が目を細める。オリバーは葉を噛んで笑った。

「お嬢さん、甥っ子の部屋を借りただけさ。秘密が一つ見つかった気分だな」

 彼女が何か言いかけた時、階段の下から足音が近づいてきた。トマスが書斎から上がってくるところらしい。先ほどまで着ていた濡れたコートは脱ぎ捨てられていた。さっきまでコートの下に見えた白衣も脱いだらしい。

 オリバーは階段を降り、トマスと向き合った。

「お前、パブにいたって言ったな」

とオリバーが問う。

「そうだよ。友人と飲んでて」

とトマスは平然と答えた。

「誰とだ」

「ジョン・ハーパーだ。村の鍛冶屋の息子さ」

 トマスは即答した。

 オリバーは髭を撫で、内心で舌打ちした。

 妙にスラスラ言いやがる。アリバイが出来すぎだぜ――

 嵐はいよいよ本格的に窓を叩き、雷が鳴り響いた。

 オリバーはクーラレの瓶をポケットで握り潰すほど掴んだ。六時の針が刺す秘密――それはきっと毒だ。医者は気づかず、八時に死んだとこだわるが、オリバーには分かる。まだ誰か、何か隠してやがる。

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