第21話迷惑電話、お断り。

 カウンターテーブルに置かれた携帯電話がブルブルと震えている。


「電話じゃねえの?」


 ランチに来ていた常連客の携帯電話が震えていたので声をかけると、彼女は苦笑した。


「迷惑電話だから、それ」

「あー、そういう」

「うるさくてごめんね」


 彼女が携帯電話を持ち上げて、待受画面を俺に見せる。アドレス帳に未登録である番号らしいことはわかった。


「……しつこくね?」

「最近多いんだよ。友達と共有できた時は着信拒否設定にしてるんだけどさ」


 三十秒以上は震えていたような気がする。やっと静かになった。彼女は携帯電話を使ってなにやら作業をしている。


「――ほら、やっぱり詐欺電話じゃん。出たら面倒なやつ」

「へえ……」


 検索結果をさらっと俺に見せると、彼女は携帯電話をカウンターテーブルに置き直した。


「獅子野くんのところにはかかって来ないの?」

「あるけど、関係ねえとわかったらこっちから切ってるからな。アンケートだの、電力会社だの、そういうの」


 一時期やたらと電話が鳴ったものだから、勤務中は機内モードにする癖がついてしまった。よほどのことがなければ職場の電話が鳴るはずなので、自分の携帯電話は必要ない。

 カフェ百鬼夜行で働くようになってからは、店長が外出しているときのみ個人の携帯電話で連絡できるようにしている。


「ここのところよくあるのは、警察からってやつ。もちろん、詐欺だよ」

「あぁ、ニュースで見たな」

「滅多に電話ってかかってこないし、そもそもアプリ通話がほとんどだから、知らん電話だってだけでうんざりしちゃう」

「確かに」


 そんなやり取りをしている間に、もう一件電話がかかってきたらしかった。彼女は震える携帯電話を一瞥してため息をつく。


「うるさくしてごめんね。もう行くわ」


 カップに残っていたコーヒーを飲み干して、彼女は立ち上がる。慌てていたのか、彼女の手から携帯電話が滑り落ちた。


「おっと」


 床に落ちて軽く弾んだ携帯電話を店長が拾い上げた。落下の衝撃によるものなのか、着信を示していたバイブレーションは鎮まっている。


「気をつけて」

「すみません」


 彼女は携帯電話を受け取ると、頭を下げてカフェ百鬼夜行を出て行った。


「――電話の怪異も出番がなくてね」

「急になんの話だ?」


 まだ店内には常連客の姿があるが、概ねこっち側の存在なので会話を気にする必要がないことを理解する。

 俺は背後に立った店長を肩越しに見上げた。


「メリーさんあたりは可愛いものだね。自分の死ぬ間際の声が聴ける電話番号なんてものは迷惑電話になることもあって、まあまあ問題を起こしていたわけだが――」

「知ってる」

「彼らはめっきり出番をなくしてしまってね。物語として機能しているが、生存確認はほとんどできていない」

「で、それはなんの前置きだ?」


 急に解説じみた言葉を投げかけてきたということは、大体の想像はつく。俺は大きく息を吐き出した。


「ふふ。獅子野くんは察しがいいねえ」

「どうせ笑えねえ話だろ」

「ああ。せっかくなので、彼らに活躍の場を譲ることにしたよ。迷惑をかける人間たちが震え上がるかどうかはわからないが、ね」


 これは災難だな。

 常連客の携帯電話を拾ったついでに、電話に絡んだ怪異を憑依させたのだろう。


「国際電話も多いらしいが?」

「今や多言語問題なしさ。だいたい、僕らは物理的に喋っているわけじゃない。相手に解釈できる情報を直接送り込んでいるのだから」

「怪異の全員が全員、テレパシーで会話してるわけじゃねえだろ……」


 少なくとも俺は、生身の体を通じて発声している。そうじゃなければ、俺が猫化しているときににゃあにゃあしか言えない不便さを説明できない。

 俺がツッコミを入れると、店長は意味ありげな笑みを浮かべた。


「おや、そうなのかい?」

「ンだよ、俺の思考、店長には筒抜けなのか?」

「君の場合は思考を読む必要がないからねえ」


 片付けようとしていた皿を落とすところだった。

 どうせ俺は単純だよ。


「それは結構なことで」


 気を取り直して皿を片付ける。

 他の席にいた客もバラバラと出ていく。


「自分の機嫌に関係なく仕事はキッチリこなす獅子野くんはとても優秀だと思っているよ」


 客が出ていくのを見送ると、店長は自分のためのコーヒーを淹れはじめる。


「へいへい、そうかよ」

「君の携帯電話にも迷惑避けは必要かい?」

「いや。ってか、実験するなら自分の携帯電話だけにしろよ」


 彼女はまたこの店に来るのだろう。どんな顛末を聞かされることになるのか気にはなるけれど、あまりいい結果じゃない予感がする。


「心配せずとも効果は抜群だよ」

「必要そうなやつだけにしておけって。――また来るんだろ、彼女」


 テーブルを拭いてから返事をすると、店長は愉快そうに笑った。


「そうだね。しばらくは繁盛しそうだ」


 店長の企みを理解して、俺は大きく息を吐き出す。


「ったく……ほどほどにしろよ」

「獅子野くんが倒れない程度にセーブしておくよ」


 笑えねえな、と俺は店長を止める気もなく手を動かした。



《終わり》

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