第5話 諸注意を告げられました

「では、細々した契約や諸注意事項に関して申し上げますね」


 朝比奈がタブレットを取り出し、そこに書いてある契約内容をざっくりと説明し始めた。


「ゼロワン、改め零一との『恋愛』期間は一年間になります」

「いちねん……」


 動画ではそんなことは言っていなかった。


 一年間のお付き合い。

 一年限りの恋人。


 恋愛して、結婚して……までは想定もしていなかったが、いきなり一年と期間を区切られるとは思っていなかった。


「ミサキさんとの親密な交流を通して、零一が人間的な感情を理解する、その実践期間が一年ということになりまして、一年後からは、そのデータをまとめ、必要と思ったデータを、零一の次の人型ロボットに移し、次の段階に発展させていくというのがざっくりとした流れです」


 次の、人型ロボット。


 企業なのだから、先の見通しや何らかの遂行計画があるのが当たり前。


 だけど。


 一年。たったの一年間。


 朝比奈の一年という言葉が、ミサキの頭の中で鐘のように鳴り響き続けた。契約事項に関しての朝比奈の説明が、耳には聞こえてきているはずなのに、頭の中には入ってこない。


 それに……。

 零一の次の人型ロボットに移し、次の段階に発展させた後の零一は、どうなるのか。

 その考えに至りかけたとき、朝比奈がタブレットからミサキへと視線を移した。


「……ということで、ミサキさん」

「は、はいっ!」

「ここまでが、ざっくりとした流れです。あとでプリントアウトした契約書の控えをお渡ししますね」

「あ、ありがとうございます」


 朝比奈の話が終わりかけていて、ミサキは慌てて返事をした。


「ああ、それから。契約書には書いていないんですけど、零一とのお付き合いでちょっと気を付けてほしいことがありまして」

「はい?」


 気をつけてほしいこと?

 ミサキは首を傾げた。


「零一はですね、たとえばパソコンなどのように、熱に弱いんですよ」

「へ?」

「特に直射日光は……ああ、曇りの日は外出も可能ですが。特に真夏の晴れた日には……。熱排出が上手くいかなくて、不具合が起こるかもしれません」

「ふ、不具合って……」

「ああ、いきなり機能停止となっても、自動的に再起動するようには設定してあるんですが。それを何度も繰り返してしまえば、内臓のデータが消える恐れもありまして。ああ、室温五度から三十五度までの間でしたら大丈夫ですから、室内で過ごす分には特に問題はないです」

「えっと、じゃあ、たとえば真夏にプールとか、そういうデートは……」


 夏になったらプールでデート……など、定番だとは思うのだけれど。


「すみません、無理ですね。ある程度の防水加工なんかはしてますけど。プールどころか、真夏のゲリラ豪雨に当たってしまうとか、ちょっと、それも……」

「……日差しの強いときとか、雨のときは、外出しないほうがいいですか?」


 天候により、デートができるかどうか、左右されてしまう。


「そうですね。データが吹っ飛びますと、復旧作業にかなりの労力が……。でも吹っ飛ぶ程度ならマシなのですけど。完全に零一の機能停止となりますと……正直、我が社の損害額は、おっそろしいほどになりますねぇ」


 ははは……と、朝比奈は引きつった笑いをした。


「機能停止って、それって……」


 ロボットが、機能を停止する。それを人間に言いかえるとすると……死ぬ、ということと、同じ意味なのではないか。


 ミサキはそれ以上言葉を続けることができなかった。


「あ、でもご安心ください。当社のこのビルは、二階と三階と四階に商業施設が入っておりまして。まもなくプラネタリウムもオープンしますし、カラオケもカフェもあります。一階のギャラリーでのデートもおすすめですし。あ、あと、一年の期間中、今いるこの会議室もご利用可能です。天候が悪いときには、このビル内で過ごしていただいて……」


 朝比奈の言う通り、このビル内で十分デートも重ねられるだろうが。

 機能停止という重々しい言葉のショックが、ミサキからはなかなか抜けなかった。


「あら、この会議室、ミサキが使ってもいいんですか?」


 カエデが口を挟んできた。


「ええ。今はこんなふうに会議室仕様にしてますけど、このテーブルとイスは撤去して、絨毯敷いて、ソファ入れて、テーブルは小さめにして。えーと、ここがある意味零一の私室……みたいな感じにしますので。いつでも遊びに来てください」

「私室仕様……ですか」

「ええ。カレシのお部屋に遊びに行く……的に」


 朝比奈の言いかたに、カエデの眉根が少々顰められた。


「カレシの部屋はいいんですけど……。不純異性交遊に発展は……」


 カエデの言う、不純異性交遊の中身に考えが至って、ミサキは思わず飛び上がりそうになった。


「お、お、お、お、おかーさん! 何を言うのっ!」

「あらだって。高校生の娘が、カレシの部屋に遊びに行って、カレシと二人きり……なんて、母親としてはちょっと心配よ」


 口をすぼめるカエデに、朝比奈は「ご安心ください」と言った。


「そのあたりは人間の思春期の男の子と違いますから。零一には人間の三大欲求はありません」


 ロボットなので、と、朝比奈は真面目な顔で言った。


「あら、そうなんですか?」

「ええ。まず飲み食いと睡眠は不要です。不要と言いますか、スマホなんかと同じで充電は必要ですけど。えーと、家庭用の自動お掃除ロボット、あれと同じです。零一はバッテリーのパワー低下を感知すると、自分で充電を行うシステムになっています」

「あら、便利」

「はい。思春期の一過性の発情症候群に関しましては、そもそも繁殖用ではないですので、そのような機能はありません」

「ないんですか? それは安心ですけど。でも、発情と恋愛感情って、密接なものですよねえ」

「人間の場合はそうですよね。残念なことに、我々の技術力不足というのもありまして、繁殖機能が備わっているロボットというのは、まだまだ先の未来での開発になるでしょうねえ……」


 なるほど、安心……とカエデは言うが、ミサキは顔が上げられなくなった。


 何せ、初カレ。

 高校生と言えば、なかなかに進んだお付き合いをしている者もいるが、ミサキに関しているのなら、恋愛レベルなど、中学生よりきっと低い。

 少女漫画を読んだり、友達からカレシの話を聞いて、きゃあきゃあ言うのが関の山。

 何だったら好きな男の子に「大きくなったらお嫁さんにしてね」など、積極的に言う幼稚園生のほうがレベル的には上かもしれない。


 カエデとミサキは、母子家庭。

 父親不在の上、学校でも仲の良い男子生徒は少ない。挨拶程度。掃除当番や委員会が男子と同じになることもあったが、必要事項を話すだけ。もしくは挨拶程度の会話はあるが、特に親しいと言える男子はミサキにはいない。


 だから、カエデは、今回のロボットとの恋愛相手募集に、「いいわよー、応募しても」と、さらっと同意したのだ。


 リアルな男性との、リアルなお付き合いをする前にの、ある意味疑似体験的。

 そう、母親としては、二人っきりで部屋に閉じこもっても間違いを起こさない零一は、ある意味とても助かる存在なのである。


 そして、助かると言えば、もう一点。カエデには気にかかっていることがあった。


「ああ、あとそれからもう一つお伺いしたいことがあったんですけど」

「はい、何でしょう?」

「娘の学校の試験期間はお付き合いも難しいと思うんですけど。それはどうしましょう?」

「あ、なるほど。学生にとっては試験の成績は大事ですよね。ちなみに予備校に通うとか習い事とかは……」

「いえ、今のところ全く。ほとんど何もしていないわよねー、ミサキ」

「う、うう……」


 高校の入学試験のためには恐ろしいくらいがんばって勉強をしていたミサキだが、いざ入学した後は、燃え尽きたのか、力尽きたのか、テキトウに委員会や部活に参加しているだけで、特に何かに熱中するということはなかった。

 委員会は、清掃委員会といって、学校の美化のための活動を月に何度かおこなうだけ。部活は写真部には所属はしているが、基本的に自分で好きな写真を撮ってきて、それを週一回の活動日に見せあう程度なのだ。学校外の活動はしていない。予備校に通うこと以前に高校卒業後、大学に進むのか、それとも専門学校か、就職かなども、現状のミサキは全く考えてない。

 気を抜いて、高校と自宅の往復をしていたら、一年が過ぎてしまった……。そんな感じなのだ。


「でしたらここの会議室を、図書室代わりに使っても」

「え?」

「零一の私室……的に改造するついでですので。ミサキさんがここで宿題とか、学校の課題とか、勉強できる環境を整えましょうか? ついでに言うのなら、零一、家庭教師としてもそれなりに優秀だと思いますよ」


「「家庭教師!」」


 ミサキとカエデが同時に叫んだ。


「高校生同士のお付き合いって言ったら……最近は知りませんが、私の時代なんかは放課後、教室でとか図書室で、一緒に勉強をするなんて言うのも結構ありましたし」

「ああ、あたしの時代もありましたね。田舎の学校だったから。今じゃ、一緒にカラオケとかファーストフード店でだべる……ってのが多いのかしら?」


 同世代であろう朝比奈とカエデが、お互いの高校時代はこんなデートをした、あんなことをしたなどと盛り上がってしまった。


「だべる……って、何?」


 カエデが発した言葉の意味が分からず、ミサキは首を傾げたが、話に盛り上がっている朝比奈とカエデの耳には届かなかった。

 答えてくれたのは、零一だった。


「えっとね、駄弁る……は、無駄話をするとか意味のない世間話をするとかいう意味だけど」

「あ、零一君、知ってるんだすごい! それって方言なの?」

「んー、最近はあんまり使う人いないかもね。ミサキさんもお友達とだらだら喋っているときって楽しいでしょう?」

「あー、うん。そうかも」

「そんなカンジなんじゃないのかなあ」

「そっかー」


 女友達と、意味もなくしゃべる。

 それは確かに楽しい。


 零一とも似たような感じでおしゃべりするのも楽しいのかもしれない。


 想像してみて、ミサキはふふっと笑った。


「そう……だね。零一君とも一緒にたくさんおしゃべりしたいかな……」

「うん。たくさんお話しよう」


 ニコッと笑ってくれた零一に、ミサキは嬉しくなって。

 女友達にするのとまったく同じように、ごく普通に、手を差し出していた。


「あのね、零一君。これからよろしくお願いします」


 零一が、ミサキの手を取った。触れ合った手には、ぬくもりがあった。ロボットの手だとはとても思えない、温かさと弾力。


「はい、ミサキさん。こちらこそよろしく」


 きゅっと少し強めに、零一が手に力を入れた。その強さに、ミサキは少しびっくりした。


 女友達とは違う感触。

 けれども、ロボットという単語から想定されるような、ひんやりとした温度ではなく。

 ミサキよりもほんの少し暖かい体温。

 それから、ミサキよりもほんの少し、手の節が太い。


 自分から手を差し出したというのに、男の子の手だ……と、ミサキは急激に零一の手を意識しだしてしまった。






















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