第3話 出会いました

「あ、あ、あ……」


 ミサキはあんぐりと口を開けながら、それだけをなんとか音声として発した。

 なぜなら、動画で見たのとそっくりな……というか、まるっきり同じ男の子が、いきなり自分の背後から声を掛けてきたのだ。驚きもする。


「えっと、えっと、えと……」


 なんて言ったらいいのだろう。

 ミサキは戸惑った。

 指を差すのは失礼だ。

 一般客もいるギャラリーでロボットだのヒューマノイドだの言うのはもっとダメだろう。

 そういえば、あの動画で、名前は呼んでいたっけか……?


 ミサキは自分の記憶を掘り起こしてみた。

 黒ぶちメガネに白衣の男が「最新鋭の人工知能搭載の男性型ロボット」と言っていたのは覚えている。それから……。


「あっ! 花も恥じらう美少年‼」


 そう、確かに今ミサキの目の前にいる男性型ロボットが、動画で自分のことを「ヒノマル・メカニカル・ワークス株式会社が開発したこのボク、ヒューマン型ロボット『花も恥じらう美少年タイプゼロワン』と恋愛をしてみませんか?」と話していた。


 一応、これでもミサキは気を遣ったつもりだったのだ。

 多少なりとも人がいるギャラリーで、ヒノマル・メカニカル・ワークス株式会社が開発だのヒューマン型ロボットだのという言葉は言ってはいけないのだろうと。

 だが、目の前の美少年ロボットをなんと呼んでよいのかわからずに、考えに考えた挙句、当たり障りのないと思われる言葉を選択したつもりだったのだが……。


 が、考えた挙句の言葉が「花も恥じらう美少年」では、当たり障りがない、どころではない。


 ギャラリー内の係員や客たちが、一斉にミサキと、ミサキの正面に立つ美少年を見た程度には、発言内容も、その声の大きさも、とてつもなく目立った。


 どこかの客が「あ、確かにあのおにーちゃん、美少年だねぇ」などと言った。

「確かに花も恥じらうなあ……」と、感心したかのように頷く者もいた。

 係員のうちのひとりは、営業用の笑みを浮かべながら「お客様、ギャラリーの会話は、控えめにお願いいたします」と、ミサキに言った。

 ミサキは「あ、あ、あ! す、すみません!」と真っ赤になりながら、係員に向かって頭を下げた。

 カエデははっとして、腕時計で時間を確認して「あ、約束の時間」と呟いた。


 そして、当の『花も恥じらう美少年タイプゼロワン』と言えば……。一瞬だけ、きょとんとした顔になって、それから、フッと笑った。


 その笑顔にミサキの心臓が、トクン! と、跳ねた。


「初めまして、相模原ミサキさん……、だよね?」

「は、はははははははいっ! ミ、ミサキ、でっす! あとちょっとで高校二年生になれますです! えっと、それから、それから……」


 あたふたするミサキの頭を、カエデが小突く。


「ミサキ、落ち着きなさい。それから、そちらの……。すみません、ギャラリーが楽しくて、時間を忘れて遊んでしまいました。約束の時間を過ぎたので、迎えに来てくださったのですか……?」


 カエデが頭を下げた。


「時間を忘れるくらい楽しんでいただけたら、開発の一端に携わる者として冥利に尽きる……と、朝比奈なら言いますね」


 気にしないで下さいという、その美少年ロボットの表情は、まるで春の陽だまりのようだ……と、ミサキは思った。

 それにしても、どこからどう見ても、ロボットなどには見えない。

 表情は繊細だし、会話も音声も全くおかしなところはない。


(ふつーの、にんげんの、おとこのこ……にしか見えないんだけど)


 ドキドキしながら、目線は目の前の美少年に釘付けだ。


「ああ、その朝比奈のいる階にご案内してもいいですか? こちらのギャラリーは、火曜日定休ですが、それ以外はいつでも遊ぶことができますから、今度ご一緒いたしましょう」

「はい、すみません。ご案内よろしくお願いします」


 会釈をしたカエデにつられるように、ミサキもぺこりと頭を下げた。


「じゃ、行きましょう」



      ***


 二階にあるカフェなどの商業施設を抜けて、エスカレータで四階まで上がっていく。四階には映画館の自動発券機のような機械が三台ほど並んでおり、その先は外部の者の不正侵入を防止する役割を持つセキュリティゲートで仕切られていた。


「まずあちらの券売機みたいなところで、入館カードを受け取ってください。事前予約でミサキさんとお母様のQR情報を入れてあるから大丈夫。手続きはすぐにすみます」


 言われたとおりに、機械に名前を入力し、顔認証で、本人確認をすれば、入館用のICカードが、券売機のような機械からすぐに発券されて出てきた。


「電車の改札口を通るときのカードみたい。スイカとかパスモとか、関西圏だとイコカなんだっけ?」


 ぼそっと、ミサキが言った。


「交通系ICカードって色々あるよねえ。スゴカとかハヤカケン? そんなのもあったっけ?」


 首をかしげるカエデに、美少年ロボットが頷いた。


「うちのビルで発行しているこれも、いろんな交通系カードと似たようなものですね。だけど、あくまで入館カードなので、お金のチャージ機能はないです。その代り、エレベータでこのICカードをかざすだけで、目的の階に着きますよ」

「え、ええ⁉ すごい!」

「エレベータ内に設置されたカードリーダーとこのICカードとを連動し、着床制御をして、セキュリティを構築しています。だから、ミサキさんたちは三十七階から四十二階へは行けるんですけど、他の階に行くと、アラームが鳴っちゃいますので、気を付けてくださいね」


 そんな注意点を聞きながら、セキュリティゲートを抜け、エレベータに乗って、まず三十七階へと向かった。


 四階から三十七階まで、一分もかからず到着し、エレベータのドアが開いた。


「お帰り、ゼロワン。案内ご苦労様」

「朝比奈さん」


 ドアに向こうには黒ぶちメガネに白衣の男がにこやかな笑顔を浮かべて立っていた。


「初めまして、朝比奈と申します」

「到着が遅くなってすみません。相模原カエデと、娘のミサキです」

「立ちっぱなしも何ですから、ゆっくり腰を落ち着けてお話させてください」

「はい、ありがとうございます」

「詳しい話は腰を落ち着けてからということで。四十階の会議室にご案内しますね」


 そうして、ミサキとカエデ、朝比奈と美少年ロボット……四人というべきか、それとも、三人と一体というべきか……で、四十階へと向かった。


 案内された会議室は堅苦しい感じでは全くなく、壁面全体にガラスがはめ込まれた開放感のあるスペースだった。

 部屋の中には楕円形の丸テーブルがひとつ。そのテーブルを囲むように配置されている十二客の椅子。その椅子の黄色いレザーが、部屋を明るく彩っていた。


「わあ……、すっごい……」


 ミサキが思わず声を上げたのは、会議室内の様子ではなく、ガラス窓の外。


 ビルの四十階から見る空は青く、その空に浮かぶ雲は白かった。

 白色は地上にも見えた。真っ直ぐに伸びた道路の奥に並ぶ、白くて大きないくつかの建物。横一列に並んでいるそれらの建物は、それぞれに、どことなく貝殻の形や海の波、ヨットの帆……をイメージさせられる。整然としていて、且つ、美しい上に、ユニークだ。


「手前に商業ビルが建ってしまいましたけど。ウチのビルの真横の交差点から、海側に向かって道路がまっすぐに伸びてますし、その道路の突き当りの白い建物は、国際会議場と展示ホール、ホテルなどからなるコンベンション・センターで。更にその奥には浜横の港を望むこの地区最大の臨港緑地公園になっていますから。見晴らしはなかなか良いでしょう」

「はい! すっごいです! まるでハイグレードな高級マンションっていうか、タワーマンションから見る景色みたい! パノラマってこういう感じなんですか? 道路を走ってる車なんて、おもちゃみたいにみえます!」

「夏の花火なんかもここから見えるんですよ。あと、開港祭りとか、毎月一回行われている五分だけの打ち上げ花火とか、何かあると浜横の港は花火を打ち上げますからねえ」

「空調があるところで花火って、ある意味最高ですよね! 海側の公園で花火を見に行くなんて、人に塗れて汗だらけになるし」

「……人混みとわかっているのに出かけるとは、さすが女子高生、若い……、と、ゼロワン、ありがとう」


 ふっと見れば、美少年ロボットが両手にお茶と水のペットボトルを抱えてやってきていた。


「このご時世、女性社員にお茶出しなんてさせると、パワハラだのセクハラだのになってしまいますから。ペットボトルですみません」

「あ、いえいえ、お気遣いいただいて……」


 恐縮しながら、カエデがお茶のペットボトルを受け取った。


「ミサキさんは、どっちがいい?」

「あ、ありがとう! じゃ、お茶、いただきます……」


 ミサキがお茶のペットボトルを受け取ったところで、座るようにと椅子をすすめられた。


 朝比奈がコホンとひとつ咳をする。


「では、改めましてご挨拶を。私、ヒノマル・メカニカル・ワークス株式会社ロボット開発事業の朝比奈史郎です。そしてこちらが当車の開発した最新鋭の人工知能搭載のヒューマン型ロボット『花も恥じらう美少年タイプゼロワン』です」


 言われて、美少年ロボットがぺこりと会釈をする。ぎこちなさ等は全く感じられない。


「この度はご応募いただきましてありがとうございます」

「まさかウチの娘が当選するとは思ってもみませんでしたけど……」

「そのあたりのお話も含めて、いろいろご説明をいたしますね。まず当社ですけど、元々医療用サポートロボットを作っておりまして……」


 ミサキは、そのあたりは応募前にカエデが説明してくれたなあ……などとボンヤリしながら朝比奈の説明を聞いていた。


「まあ、ごちゃごちゃ言っても説明が長くなるだけなので、端折りますが。人をサポートするロボットは、やはり感情の機微……、人の繊細な心の動きに疎いのはダメだろうということで。それで、人の感情を理解し、相手を思いやることを学ぶには、実際に人との交流が一番経験値が稼げるかなと。更に『恋愛』関係を持つことができるのならば、思いやりや優しい気持ちだけではなく、嫉妬や優越感、複雑な心境にも理解が出来るのでは……ということになり……」

「はあ……」

「このゼロワンが完成する前にもいろいろなサンプリングだの実験だのは行ってはみたことの結論の末、今回実験的にミサキさんのお力をお貸しいただきたく……」


 わかるような、わからないような説明がまだ続くと思っていたのに、いきなり名を呼ばれて、ミサキは飛び上がるかと思った。


「あ、あの! 聞いていいですか?」

「はい? なんですか?」

「どうしてわたしが採用されたんですか?」

「ああ、それはですねえ……」


 朝比奈が人差し指で、くいっと黒い眼鏡を押し上げた。








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