第11話 初期化


 愛海にとっての海は、死と命に向き合う場所だ。

 だから、今日も海をめざした。



 〈作り物〉で〈バグ〉な自分が、新しい町に連れていかれる前に。

 これまでのすべてを初期化して生まれ変わるための、これは儀式。





 でもそこに俺と来たってことは――俺のこと、特別だと思ってくれてるってことか?


「ぜんぶリセットしたあと、俺とはもう一度つながってくれるんだよな?」


 俺は腕の中にいる愛海に確かめた。

 ピクンとふるえた肩。回した腕に力をこめる。


 離さないから。

 俺にとって愛海はただの愛海だから、不安になったりするな。


「――それでいいの? 航平はあたしが気持ち悪くない? 作り物だよ?」

「んなわけないだろ――愛海が家族の中でバグみたいに思えるんだとしても、俺にとってはただの人間。俺と同じ」




 ――今の俺は、ただの瀬戸航平だ。〈お兄ちゃん〉じゃなく。

 愛海だって、ただの相田愛海。ああ、離婚して姓は変わるのかもしれないけど。





 俺たちは二人とも、今日この海で家族をリセットする。

 航平として、愛海として、もういちど生まれ直す。


 だって愛海が言ったんだぞ。「命は海みたいなもの」って。

 俺は許さないよ、「作り物だから海にはなれない」なんて言い訳は。


 俺がいるから。

 ちゃんと隣にいるから。

 新しい命を、ここで始めてほしい。

 殺されかけた海から、また生きてみようよ。



「航平とあたしが、同じ――」

「そう」



 ずっと自由になりたかった俺に、勇気をくれたのは愛海なんだ。

 だから俺は、愛海を絶対に離さない。






 俺たちは、手をつないで眠った。

 砂よけの堤防の下。自転車を二台並べて停めた横で。


 真夜中の海はやさしい波が寄せていて、それはまるで羊水のゆれる音のようで、だから俺たちは本当に生まれ直したんだ、きっと。




 そして迎えた世界の夜明け――――。

 

「おはよう」

「おはよ。なんか照れるね」


 恥ずかしげな愛海に、俺は意地になって平然としてみせた。でも内心テンパってるのがバレバレだったかも。




 重なっていた手をそのままにしておきたくてためらった。なんだか名残惜しい。

 明るくなると、砂のくっついた互いの指がよく見えた。最後にギュッと握ってから、ゆっくり離す。


 ――でもこれで終わりじゃない。だからだいじょうぶ。

 愛海の手なんか、また何度でも取ればいい。






 のどが渇いたし腹もへった俺たちは、実は天才だと思う。用意周到にペットボトルとパンを道中で買っておいたんだからな。


「あ、スポドリあたしにもちょうだい」

「ん。ほら」


 さんざん泣いた愛海は、たぶん水分も塩分も失っている。俺は飲みかけのペットボトルを渡してやった。


 ……でもさ、間接キスなんだけど。

 いいのか? 気にしないのか? なんか俺だけが意識してるみたいでくやしい。


「あー、染みる」

「おっさんか」

「……彼女がおっさんぽいの、嫌?」


 当然のように言われ、俺は顔をそらした。

 彼女。

 やめろよ。ニヤけるじゃないか。


「……おっさんは、ちょっとヤダ。愛海っぽいのはいいけど」

「まなみ」


 いつもの愛称マナミンじゃなく愛海と呼んでみたら、目をまるくされた。


「だって〈マナミン〉は、みんなが呼ぶやつだろ。俺は特別なの」

「……航平のくせに何カッコつけてんのよ」


 文句をつけるくせに、愛海はジワ、と泣きそうになる。


「うわ、なんで泣くんだ」

「バーカ、嬉しいからに決まってんでしょ!」




 のぼる朝日に輝く、愛海の泣き笑い。

 昨夜泣きすぎたせいでまぶたははれぼったいけど、すごくかわいいと俺は思った。



 命は海。

 それならば、ちゃんと愛海の中にも海はあるよ。

 涙なんか塩水なんだし、海みたいなものだろ?



 愛海から取り返したペットボトルを、俺はそのまま口につける。

 間接キスのスポドリは、カリウムとナトリウムの味がして――これもつまり海なのかな、と思った




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