第4話 夜の逃避行
暗い街道は通る車もまばらだった。
等間隔に立つ電信柱の下だけが、ぽっかりと明るい。
外灯に切り取られた車道を行くのは二台の自転車――乗っているのは俺と、愛海だ。
「おーいマナミン。海に行くのに、なんで夜?」
のんびりしたペースで自転車をこぎながら、俺はブツクサ言う。
「バーカ、あたしは逃げてるんだよ? 逃避行なんだから、真っ昼間より夜でしょ!」
返ってきた愛海の声は楽しそうだ。
でも俺は大げさにため息をついてみせる。勝手なことばかり言いやがって。
海へ。
愛海のその願いをかなえたいと、俺は思った。
何があったのかは知らない。だけど愛海がふるえながら頼んだことを俺は断われなかった。友だちだから。
なのにひどくないか? 「バーカ」って。
俺だってちょっとはリスク負って出てきたんだぞ。
こんなでも愛海は女の子だ。夜に二人で出かけるなんて親に言えない。
仕方なく、中学時代の男友だちの家に泊まりに行くと嘘をついた。
俺は親に信用されている。
というか実際は放置されているんだけど。まだ小学生の弟が虚弱体質で手がかかるので。
母親は弟の体調ばかり気にしているし、今年から父親は単身赴任になった。俺は自分のことは自分でやらなきゃならない。
そんなだから、ろくに理由も訊かれず外泊許可はもらえた。親同士はつながってないから、たぶんバレないはずだ。
まあそもそも母親は、俺のことを何も気にしていないんだよな。「お兄ちゃんはしっかりしてるから」っていつも言ってるし。
「くそッ……!」
俺の存在なんて空気のような家のことを思い出し、俺はつぶやいた。
――俺は勝手なんだ。
消されるという愛海を、抵抗しろとそそのかしたくせに。
自分は親のもとで、言われるままに生きている。
ひどい偽善者だ。
俺と愛海は、横に並んで自転車を走らせた。
静かな住宅地。
シャッターの下りた商店街。
林しかない丘のすそ。
そんな道を走り抜けながら、俺たちはポツポツと話す。
夏休みの間にアンドロイドの愛海は処分されることになっているのだそうだ。
学校では休み明け、担任が発表するはずだと愛海は言う。「急に転校することになった」とかなんとか。
「あたし、七月いっぱいでリセットの予定なんだ」
「……リセット」
それはどういうことだろう。
アンドロイドが初期化されるなら、これまでの学習がパアになるだけだ。ボディはそのまま再起動できる。
でももちろん〈相田愛海〉としての記録が消滅するなら、〈マナミン〉は死ぬに等しい。
だけど、そんなの嘘ならば。
相田愛海が人間だとすると、本当は引っ越すだけなんじゃないか? 家庭の事情か何かで。
転勤が理由なら引っ越しなんか普通だ。高校生が親についていくのは当然で、俺たちに抗うすべなんかない。養ってもらってる未成年なんだから。
生活のリセット、なのかな。
引っ越しのセンはあり得ると思った。
でもそれだけじゃ、「自分はアンドロイドだ」なんて言い出す理由にはならない――。
隣で自転車をこぐ愛海をチラリと見た。
ゆったりめのデニムパンツ。パステルイエローのタンクトップに水色のパーカー。制服じゃない愛海を見るのは初めてのような気がする。
だらだら続く軽い登り坂で、愛海はしかめっつらをしていた。でも俺の視線に気づいて振り向くとニコッと笑う。
「ちょっとキツイね」
息を切らして、でも嫌そうにはせず頑張る――そういうところ、好きだ。
ああでも。
愛海はいなくなるんだな、きっと。
アンドロイドだとか人間だとか、そんなことは関係なく、もう同級生じゃなくなる。
それは確定なのか?
考えると、胸がなんだか重くなった気がした。
俺は苦しさを振り払うように、脚に力をこめた。
海までの道は住宅地と丘をぬうように続いていた。なのであるていどのアップダウンは仕方ない。
出発前に俺は、目指す海岸までの距離を計算してみた。二十五キロもあって、げんなりした。
慣れない距離を自転車で。
しかも愛海は女の子だ(女性型アンドロイドかもしれないけど)。
待ち合わせ前に連絡した俺は、遠いしバスで行くほうがいいと提案した。だけどあっさり却下された。夜中になるから、と。
そりゃ終バスの後、移動手段が徒歩しかなくなるのは嫌かもしれない。
だけどこんな計画につき合う俺って――だいぶお人よしだと思うよ。
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