パンドラの人形箱
ミド
1.姉と妹、そして母
私達は対照的な姉妹だった。姉の私はよく言えば大人しくて真面目、世間からは根暗と馬鹿にされる事もある気質。二歳下の妹の
姉妹仲は、ある時まで良くはなかった。美華子から見れば私は子供の頃から自分の部屋、学校に入学してからは図書室に籠って只管本を読んでいる変な姉、今風に言えば「ぼっち」であり、私から見た美華子はいつも喧しく、つまらない話ばかりしている子だった。
そんな私達の対立に拍車をかけたのが母だった。母は私の内に籠りがちな気質を嫌い、事あるごとに妹と比べて馬鹿にした。曰く、私のように陰気な者は大人になっても結婚できない、私を生んで損をした、妹にしか期待していない、など。(こういう時、父が味方をしてくれた覚えはない。)
母にそう言われても、小学生の気の弱い私は言い返すことができなかった。ただ悔しさが募る日々を過ごす内に、ある時一つの「おまじない」を思いついた。
その頃の私が好んで読んでいたのが、おまじないの本と世界の神話・昔話の本だ。特に好きだったのがギリシャ神話の物語だった。ある物語では王の耳が神の怒りによりロバの耳に変えられてしまった。床屋の男はそれを知ってしまい、誰にも漏らさずにいるのが苦しくなり穴を掘って地面の中に打ち明けた。
私もそうすればいい。母への憤り、怒りといった、聞かれてはまずい言葉をしまっておくための箱を作ろう。高級なお菓子の入っていた綺麗な模様付きの缶だとか、土産物屋さんで売っている綺麗な金属の箱に私の秘密を隠そう。
だけど、箱には容量がある。例えば飴の入っていた三百円の缶は、クッキーの大きな缶より小さいから、その分収納できる言葉は少ないはずだ。もし容量いっぱい以上の言葉を入れてしまったら溢れ出すだろう。だから、眼には見えないけれど一杯になったと感じたら今度は別の箱に隠さなければならない。そうしないと……どうなる?
考えている内に、私の「おまじない」が出来上がった。
一、誰もいない時に、秘密の言葉を箱にしまう
二、箱は一杯になったら溢れるので、それ以上言葉をしまってはいけない
三、一杯になった箱はすぐに捨てる、そうすると嫌なことも去って行く
四、もし箱を気に入っていて捨てたくない場合も、二度と開けてはいけない。何故なら、言葉が中で「災い」に育っているから。
最後のルールは、パンドラの箱の神話から考え付いたものだった。
そうやって屈折した気持ちを「箱」にしまいながら、私は中学三年生になった。その時期のある時、私は偶々、母が美華子を叱る声を聞いた。盗み聞きしたわけではなく、家の二階にある自分の部屋から、飲み物を取りに行くかなにかの動機で階段を降りたところで居間の母の怒鳴り声を聞いたのだったと思う。
母は美華子のテストの点数の悪さを叱責していた。曰く、姉と違って勉強せずに遊んでばかりの娘なら産まなければよかった、こんな馬鹿娘は碌な男と結婚しない、など。丁度私をけなしているのと真逆の理由である。
ただし、美華は流石に気が強かった。
「お母さんの嘘つき! 美華はお姉ちゃんと違って可愛いから、皆から優しくして貰えるから大丈夫って言ったじゃない!」
遊んでていいというのは言葉の綾ではあるが、私も、壁の向こうで拳を握り締めながら心の中で叫んだ。そうだ、お母さんは嘘つきだ。結局私も美華子も、どっちも気に食わないんじゃないか……
こうなると、全ては一変する。その時に漸く気付いたが、思い返せば小学生の頃から、美華子も美華子で母から散々な事を言われていたのだ。表立っては言えなかったが、母はいわば姉妹の仲違いの「黒幕」であった。それ以来、どちらが歩み寄ったというわけでもなかったが、私達は少しずつ仲良くなっていった。
そうして私は少しずつ、「おまじないの箱」に頼らなくなっていった。相変わらず母には言い返せないけれど、妹は「敵」ではないし、間違っている人の言葉には従わなくていいのだと思うと、言い表せないほど気が楽になったのだ。
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