第15.5話 美耶の翌日、金曜日

 目が覚めたとき、すっかり寝過ごしてしまったことに気づく。

隣に美耶が居ない。まだ昼前だから、家から出て行っては無いだろう。

 金曜日の1限、京極先輩の、あの授業を飛ばしてしまった俺。

まぁ、致し方ない。

ただ、先週から様子がおかしかった先輩が心配だが。


 ダイニングへ。

玄関の方にある風呂場からシャワーの音が聞こえる。美耶だろう。

身なりを整えるためにシャワーを浴びているのだろう。


 そのまま脱衣場の扉を開けた。

「あ、起きたのね。」

鏡の前で長い髪を整えている美耶。

「おはよ…きゃっ」

後ろから抱き締める。

「…もぅ…お風呂出たら起こそうと思ってたのに…」

美耶が作業を止めて、俺の腕に触れる。

俺は抱き締めた手に力を込めた。

「ふふ…幸せよ?」

「そうなんですか?」

「口調、普通にして欲しいな…オバサンだってこと、思い出しちゃう。」

優しく微笑む美耶。

「美耶…」

「あっ…ダメよ?感じ過ぎちゃったら…」

セリフを途中で遮るように深いキス。

お互いの舌が絡まりあって、唾液が糸を引いた。

「…んもぅ…ダメだって…」

美耶の弱々しい抵抗はそこまでで、俺たちはお互いの思いを確かめあう。


なるほど、完全に堕ちてしまうとこうなるのか…

たった一晩、閨を共にしただけで、籠絡された美耶。

抱き上げて、脱衣場に連れていき、全身をタオルで拭いていく。

着せ替え人形のような美耶。

うっとりとした表情で身を任せている。

「…また…」

「また?」

「今日みたいに過ごしたい…だめ?」

美耶の瞳が懇願する。

何年かぶりに満ち足りて、新しい、しかも若い男に堕ちたのだ。

縛る訳にはいかないが、また抱いて欲しい。

そんな美耶。

「もちろん。美耶は俺のだから。」

また身体が熱くなる、美耶。

賢人以来、誰と付き合っても満ち足りなかった美耶は、ようやく最後の止まり木を得た気がした。


…12時。

美耶が何か作ってくれると言う。

俺はダイニングテーブルに腰掛けて、携帯を見ていた。

ラインの着信が8件。

うち、2件は美優。

金曜日の1限に来ていない俺を心配するラインが来ていた。

すぐ返事をする。

その様子を美耶はそれとなく窺っていた。

「彼女さん?」

コンロの前で、炒めものをしながら美耶が尋ねる。

「いや…特定の彼女は居ないから。」

「……じゃ、どなたなのかしら?」

声が幾分沈んでいる。

「…クラスメイト。」

「…ふーん…」

声がさらに沈んでいる。

…仕方ない…

「美耶。」

そう言って、コンロの火を止め、振り返させる。

落ち込んだ表情と瞳。

「な、なに?まだ途中、、」

「俺がお前を捨てることは絶対に無い。」

そう言って頬を撫でる。

「…そんなこと…」

「いや、絶対にだ。」

俺は、ある種の覚悟を決めた。


世間一般には理解されにくい、五家の誓い美耶に話す覚悟。

「……」

美耶は尋常じゃない俺の様子に目を伏せて俯いた。

「…ごめんなさい…」

「まずは昼食にしよ?すみれさん。」

優しく微笑む。

美耶は何かを感じとったのか、強張らせた表情がいつもの表情になっていく。

「うん。そうね。ごめんなさい、お待たせしちゃってるもんね。」

そう言って2人は離れた。

俺はラインの残りの6件の主、綾羽のことを考えていた。


「そんな…そんな無謀なこと、何年かかるのよ?」

ダイニングテーブルで昼食をとりながら、美耶に五家の誓いを詳細に話す。

「3年…そういう取り決めだから。」

「そんな…3年でなんて、到底無理…」

「けど、やらなきゃいけないんだ。」

「…」

「でも、美耶が居てくれたら、あと、残りは4人で、さっきのラインの人は、その候補だから。」

「その人はあなたのその誓いのこと、知ってるの?」

「いや。だから、正攻法…絶対に俺のことが生きる上で必要だと、身も心も心服させなくちゃいけないから…」

「…肉体関係?」

「それ以上、かな…」

そこで美耶は考え込む。

「…」

「…」

「…なっちゃんも…?」

「…候補にしたいって思ってる。俺に惹かれてくれた人は…貴重だから…」

「そっか…何か合点がいった気がする。」

「…ごめん。」

「そんな、言いにくいことを正直に言ってくれたんだから…それに…」

「それに?」

「私は身も心も堕ちてるから。」

最後は優しい微笑みで、俺を見つめてくれた美耶。

この女性に出会えたのは、最大の幸運だったかも知れない。


「綾ちゃんのことなんだけど…」

食事を終えて、リビングのソファ。

俺に体重を預けながら、美耶が綾羽のことを切り出す。

「…見て欲しいものがあるんだ。」

俺は着信した先輩のラインのトーク画面を見せる。

1件目『授業だぞー?』

2件目『どした?』

3件目『もしかして、オレ、修の気に触るようなこと、しちゃったかな…?』

4件目『修…ごめん…早く来て欲しい…』

5件目『修…会いたい…一緒に居たいから…』

6件目『ごめん…もう修に合わせる顔がない…』


 美耶がそれを見て、溜息をつく。

「…気づいてなかったのね。綾ちゃんの気持ちに。」

「うん…」

「んー…綾ちゃんのこと、怒らないであげてくれる?」

「怒る?怒ることなんて何も…」


「私にもライン来てるの。綾ちゃんから。『今日、多分バイト行けそうもありません。修に嫌われてしまったから。他を当たります。』って。」

別段、変なメッセージではない。他を当たります、というのが分からないけれど。


「他を当たります、って言うのは、慰めてくれる男を探しに行くって言う意味ね。元カレと揉めに揉めたとき、別れられないストレスから、優しくしてくれる男を探しに行ってたのよ、綾ちゃん。」

「……」

「あなたに見限られたって思い込んでるんでしょうね…躁鬱、まではいかないけど、気持ちの浮き沈みが元カレのせいでコントロール出来なくなってるから…」

「そうだったのか…」


「他の男に抱かれた綾ちゃんを許せる?」

「もちろん。」

「複数でも?」

「先輩のこと、嫌う理由が無いです。」

「…良い男ね、やっぱり。」

美耶が不意打ちでキスをする。

「あなたの彼女への返事もよかったから、落ち着いたら連絡してくると思うから、優しくしてあげて、ね?」

優しい美耶。

先輩のことをよく分かっている、理解者だからだろう。


「連絡、待ってれば良いかな?」

「うん…今までの綾ちゃんなら、落ち着いたときにあなたのラインの『そんなこと無いよ、連絡待ってますから!』って信じられるはずだから。」

…そう信じたいけれど。

 俺と先輩の間には確たる関係性が無い。

今はまだ知り合いとかそういう関係。

だから、先輩が他の男と付き合おうが、抱かれようが、俺に非難する権利など無い。

けれど、美耶はそう思っては無い。

なぜか、先輩は俺の元に戻ってくる、そんなイメージで話しをする。

まるで、俺の所有物のような…

どうしてかは分からなかった。


「今日はどうするかなー…」

美耶が俺の太ももを枕にして、俺を見上げる。

「どうするかなって?」

「キャスト。綾ちゃんが来ないから、どうするかなって。」

…暗に、夏海を呼ぼうか?と尋ねてるんだろうか?

「お店でイチャイチャは出来ないしなー…」

俺の顔をチラ見する美耶。

何だか全然歳上に見えない。

嫉妬や甘えたい願望が見え隠れする。


「そうだ!」

「ん?何か思いついたの?」

「修くんさ…さっきの話の候補の人って、どんな感じの人?」

「えっ?まさかキャストに呼ぼうとかって考えてる?」

それは無理だ。酒席の接客なんて、美優にはハードルが高過ぎる。男性恐怖症なのだ。

「んーん…修くんと2人でお店に来たら、私はその候補の女の子に会えるし、修くんにも会えるし、お店は繁盛するし、良いことだらけだな〜って思って。」

無邪気な笑みを浮かべる美耶。

あの、

優しくて妖艶で頼もしい菫さんは何処に行ったのか…

「ん?私は私だけど?」

…考えていることを読まれたようなセリフ。

んー…

「ね、お願い。お姉さんの身体、好きにして良いから♡」

…それ、誰得なんだよ…?

「分かったよ…でも、断られたらダメだからね?」

「そのときは、今日晩もめっちゃ可愛いがってもらうからいい。」

またも無邪気に笑う美耶。

こんな女性じゃなかったと思うんだけど…

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