第12話 水曜日のアルメイラ
平穏な週末を過ごして、週半ば。
心配ごとがあるとしたら京極先輩のこと。
水曜日はアルメイラの日なんだけど、連絡も無く、どうしたものかと思っていたら、夕方にはラインが来ていた。
『今日も休む』
…大丈夫なのか?
心配になって、ラインの返答をする。
「身体、大丈夫ですか?」
10分ほど経って既読がつく。
『ん、大丈夫。金曜日は行くから。』
「無理はしないでくださいね。」
…で、既読はつかなかった。
んー…
本当に何かあったんだろうか。
先週の金曜日から様子がおかしい。
それこそ、美優がお持ち返りされた直後、真中に様子がおかしい、と言われたときのような。
そうだったとしても、言ってくれなくちゃ分からない。
慰めようもない。
そんなことを考えていたら、ラインの着信音。
先輩が返事したのだろう、と思って見たら、意外にも、アルメイラの菫さんからだった。
『今日は9時じゃなくて6時で♡』
あら、またか。
ということはやはり先輩の代わりに夏海さんが駆り出されたのか。
まぁ、夏海さんと喋るのは楽しいから良いんだけど、いい加減、お金を払わなくちゃいけない気がする。
「あの…手を握って貰えませんか?」
個室の2人。
夏海さんが顔を真っ赤にしながら、手を差し出してくる。
入店して、約1時間経った頃。
他愛もない、いつもの会話の合間に、意を決したかのように夏海さんが切り出した。
「えっと…」
「嫌、ですか…?」
あれ、この店ってキャストさんに触るのはご法度なんでは?
「嫌、じゃないけど…」
「大丈夫です。ここ個室ですし。」
そう言ってにじり寄る夏海さん。
差し出された手を優しく包むように握ることにした。
「手、硬いですよね、私…」
ソファに下ろした手を上から優しく握る俺。
夏海さんが悲しそうな声を発した。
「いえ、そんなことないですよ。」
「高松さんは…優しいから…」
さらに俯く夏海さん。
「いや、俺なんかが手を握って良いのかって思いますけど…」
「良いに決まってます!私じゃダメですか…?」
「いや、ダメじゃないですよ、本当に。」
「あ、あの!」
また、夏海さんが意を決したように俺を窺う。
「私、帰りは電車で…」
「あ、うん。」
「あの、お願いなんですが、駅まで…」
「駅まで?」
「手を繋いで歩いて貰えたり…」
耳まで真っ赤にしながら、お願いをする夏海さん。
「あ、えっと…俺なんかで良ければ…」
「高松さんが良いです。お願いします!」
「…うん…分かりました。じゃ、出たら、外で終わるの待ってますね。」
「はい!」
…で、ずっと手を握りながら、趣味やスポーツの話をしていた。
武道の流派のことをまた聞かれたりしたが、こっちに来てたまたま知り合った人が、樫村流だったと誤魔化したのだが、
「その樫村流の方のお名前は?」
で、再び再燃してしまった。
忘れた、と誤魔化したが、また尋ねてきそうな感じ。
時間になった。
今回は内線が鳴る前に個室を出て、忙しそうな菫さんに、夏海さんを駅まで送ることを伝えることと、用意した封筒を渡すミッションがある。
菫さんは…
カウンターの中に居た。
ちょうどお客さんを見送って帰って来たところなのだろう。
カウンター越しに声をかけた。
「あの!菫さん」
「はい?あ、修くん、今日もありがとうね。」
「あ、えと…これ、少ないですが。」
俺は白封筒をカウンターの上に置く。
「ちょ、ダメよ、そんなの。」
菫さんはすぐに察して、封筒を戻そうとする。
「いえ。さすがに良くして頂き過ぎなので。」
「…でも、綾ちゃんのこどもなっちゃんのことも、お店にとっても凄く助かってるから…」
「受け取ってくれないと、ここに来るのが憚られてしまって…」
「バイト代だと思ってくれたら良いのに…」
「さすがにそれはちょっと。」
で、封筒を押し掴ませた。
「ん…そこまで言うなら…ありがとう。」
「いえいえ。」
「本当、良い男ね、修くんは。」
「そんなんじゃないです。」
「ふふ。不思議な魅力があるのよ、修くんには。」
「菫さん、持ち上げ過ぎですよ。」
「ね、個人的に連絡取っても大丈夫?」
唐突に話題が変わる。
「はい。もちろんです。」
「なっちゃん、駅までよろしくね。」
そう言って、菫さんは事務室に入って行く。
夏海さんが伝えてくれたのかな。
ともあれ許可が出たから、用心棒がてら夏海さんを駅まで送っていこう。
と、そう、さっきまでは思ってた。
でもこれは用心棒では無い。
明らかに恋人同士の、いわゆるカップルだった。
私服姿の夏海は、簡素なTシャツにジーパン姿で、髪を後ろで束ねたポニーテール。
アルメイラではそれなりにしていた化粧を落としているが、中性的な顔立ちは損なわれておらず、俺の好みに完全にヒットしている。
始めは別に問題は無かったと思う。
けれど、駅に近づくに連れて、夏海さんの様子が少しずつおかしくなっていった気がする。
始めのうちはスラスラと会話をしていたのだが、手を繋いでいる部分が徐々に熱くなってきて、徐々に会話が減っていく。
駅まであと半分の所にある橋の上では、夏海さんは手を繋いだまま、橋の上から川を眺めたりしている。
無言で。
俺は夏海さんの好きなように、行動を縛らないように振る舞っていたが、うっかり、空いていた右手で夏海さんの頭を撫でてしまった。
ビクッと反応して、それから真正面に来た夏海さん。
何かを期待しているのだろうか。
繋いでた手を離した。
えっ?とした表情をして、夏海さんが俺の顔を見上げたとき、黙って抱き締めてしまった。
脱力する夏海さん。
そして…何かを期待した瞳をして俺を見上げたとき、俺はその期待には応えなかった。
もちろん、その期待は俺の考え違いかも知れないが。
夏海さんの頬に頬ずりしただけ。
そして、耳元で帰りましょう、とだけ優しく囁いた。
駅での別れ際、夏海さんは心なしか寂しく感じている気がした。
それが何故なのか、分かるはずもないが、名残惜しそうに手を離す夏海さんが俺から離れ難いような気がしたから。
多分、気のせい…そう思っていた方が、幸せな気がした。
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