19 プロローグ


帰りのホームルームが終わる。次々と、クラスメイトが教室を出ていく。

悠もその中の一人。

窓の外は土砂降りで、未だに教室に残っている人も多数いる。


今日はずっと憂鬱な気分だった。

自分の頭と相談して、それを素直に解釈するとすべて白木さんという女子のせいであった。

朝の時点では、私は白木さんを恨むことしかできなかった。それが、自分勝手な憤りというのは頭ではわかっているけれど、納得できない私がいた。

白木さんはついこの間まで保健室登校であり、何がきっかけかは知らないけれど私と同じ教室で生活することになった。そのきっかけというのも、どういうものかは大方予想がつくけれど。

ただ、悠を眺めて少しだけ話して、悠に影ながら尽くして、少しずつ距離を縮めて、そうやって過ごしてきた私の学校生活。それがすべて泡沫になって消えていくような情景がずっと浮かんでいた。


悠の席が変わったのが決定的だった。別に、席替えなんて珍しくもなく、どうせ後数週間もすれば私と悠が離れることなんて知っていた。運にもよるけれど悠と席が遠い程度、今更なんとも思わない。そういうことだって今までずっとあったし、何なら教室が違う一年を過ごしたこともある。

けれど、今朝の悠の席替えに関しては特別応えた。

ごく自然的な現象でも何でもなく、恣意的に私から悠を遠ざけられた気がして、それがずっと心に刺さっているような。誰によるものかなどは言うまでもない。


それに、一日中ずっと考えていたが、私は、悠が私から離れたことではなく、誰かに離されたことの方が狂おしい程に嫌なことだったことに気付いたのだ。

それは元々悠を自分の所有物化のようにどこか思っていた節があったからだと思う。


ただ、一日後ろの方から悠と白木さんを観察していて気付いた事はまだあった。

わかってしまったのだ。


この憂鬱は、すべてが自分の不甲斐なさによって招かれた心情であったと。


悠が今楽しそうにしてるなとか、本当に笑っているんだとか、そういうのはわかっているつもりである。私は、私だけは正面から悠が好きな人に見せる顔を見ていたから。

悠が白木さんに向ける表情は、私に向ける表情と違いはあるが、そこに好意があることに私は気付いていた。と、いうか授業中目立ってたしみんな分かっている。

当然、白木さんから悠への矢印は言うまでもない。

そこに、その両矢印に、対等な恋を見た。私が最近読んだ恋愛小説のような……。

多分悠も白木さんからの好意に気づいて接している。悠にもそんな余裕がどこかに見え隠れしていた。それが、私と白木さんの前で見せる悠の表情や所作の違いを生んでいるのだろう。


白木さんに対して私はどうだ。悠からの好意に気づいてなお、自分の好意を隠していて……。

それなのに、自分は一丁前に恋をしているのだと、恋愛をしているのだと自信満々に謳っていたのだ。

悠のことはもちろん好きだし愛しているけれど、それは対等な恋ではなく、いつの間にか私の方が上位に立ったような勘違いをしていた一方的な恋であった。

私は、悠より自分のエゴを優先してしまっていたのだと、今回の件でそう分からされた。

ついには、私の不甲斐なさの方に怒りの矛先が向いてしまっている。それは、明確な敗北宣言。

私は白木さんに対して恨みつらみを言う資格すらないのだと。

白木さんの生まれ持った素直さや、そういった恋愛の才能が私には極端にないのだと、美しさなどは恋愛については二の次なのだと、彼女の背中が教鞭を振るった。

沢山のものを生ながらに失っている彼女が、健常な私に対してである。それが悔しかった。

頑張っているようで、何の努力もしていなかった後悔が私をじくじくと、今頃になって蝕んでいる。




ーーーここまではすべてが前書きである。



実は私の今の心情は全くの逆であった。

敗北したままでいられるかと。ただの一日でこの恋が嘘にされてたまるかと。

今まで悪かったことはすべて学んだ。

悠が昨日今日で何をやったか、何に出会ったか、どう変わったかなどもはや関係ない。

今までの私の恋も関係ない。

全てはここからである。私はまだまだ幼い、小学生である。取返しなんていくらでもつく。

取り返して見せる。

心の中で吹き荒れる嵐はすべて追い風になった。



私は席を立ち、足を動かす。抵抗はあったが、関係ない。


男友達と面白おかしく話している彼の前で立ち止まる。

彼は、動揺していた。彼に話しかけることなんてあんまりなかったことだからだろう。

少しだけ深呼吸。私はここからなんだ。




「悠のことを教えてほしい」




まだまだクラスメイトが、白木さんが佇んでいる教室で、はっきりと言う。空気を割くように、激しい雨音に負けないように。みんなに聞かせるように。

心の中で白木さんに感謝を伝えた。




ーーーここから私の恋愛が始まる。


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