04 赤飯の味Ⅰ
4時間目終了の鐘が鳴り、同時に給食の時間となる。
僕はあまり学校の給食というものは好きではなかった。
食べることはずっとやってきたことだし別に好き嫌いでもない、カレーや麻婆豆腐など好きな食べ物もあるのでそういった日の給食は比較的好きだった。
しかし、給食というものは栄養バランスを優先したメニューが提供されるため、強制的に嫌いな食べ物がでてきても完食する必要があった。
僕は好きな食べ物より嫌いな食べ物のほうが多い人間である。
親の食育が悪いというわけではない。
栄養のあるものをバランスよく食べる必要性もよく理解しているつもりだ。
しかし、僕の自分勝手な偏食癖によって形成された都合の良い食生活のせいで、いつまでたっても給食の苦手意識は高学年になっても残ったままだった。
加えて、完食の必要があるのがネックである。
時間内に食べられない場合は昼休みに入っても食べ続ける必要があるのだ。
高学年になるにつれ、食べきれない子が目立ってしまうために、それが僕にとってつらいことだった。
「悠、今日の給食赤飯だってよ」
「え゛」
彼方が僕に今日のメニューを伝えに来た。
「なんだよ、赤飯嫌いだったっけ?」
「まあね……」
赤飯というか豆類全般が苦手だった。食感もそうだし味も好きではない。ただ、辛いものは好きなので、麻婆豆腐はよく食べるけれど、豆腐って本当に豆からできているのだろうかという小さな疑問は未だに僕の中で解決していない。
ともかく赤飯に至っては、祝いの席で食べるという所も苦手な由縁だった。
強制される食事に苦手意識があるのだ。
今日は昼休みまで一人残って食べる必要があるだろう、それとも……。
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やはり、食べきることは難しいようで、赤飯を残して箸が止まってしまった。
何度か口に運んでみたものの、舌が受け付けずに胃に通すのが遅くなってしまう。
好き嫌いがあったとしても根性さえあればどうにかできそうな気もするが、僕にはそれもなかった。
「悠、それ私が食べるよ」
隣から黒澤さんが僕の容器を掴んだ。
「わ、悪いよ……先週も食べてくれたし、自分で食べれるよぅ」
「でも、赤飯嫌いでしょう?無理しなくていいんだよ」
賑やかな教室で、みんなに聞こえないような小さな声で、僕にそう話しかけた。
二時間目のこともあり、黒澤さんの善意からなる提案にホッとした。
黒澤さんの気遣いできる性格も美徳だと感じる。
きっと、女の子に残りを食べてもらうことで、他の男子にいじられてしまうことを真っ先に気にしてしまう僕の性格に寄り添ってくれたのだろう。
僕は黒澤さんの一言に希望を見出したし、半ば期待してしまっていた。
しかし、女の子に頼ってばかりなのは男としてどうなのかという気持ちがあった。
自分の弱さを見せてしまう不安から、黒澤さんにゆだねてしまうのは憚られる。
僕の嫌いなものを彼女が肩代わりすることは、今に始まったことではない。
今更な気もするが、断る振りをしてしまう。
一度、断る素振りを見せてみたものの、結局は彼女の後押しを待ってしまっている僕がいた。
彼女の積極性にも頼ってしまうひ弱な僕は、より自分を卑屈に感じてしまった。
「じゃあ、私のサラダ食べてよ。交換ならいいでしょう?」
「え、と……うん、ありがとう」
黒澤さんは僕の赤飯の容器を彼女のトレーに、そして彼女のサラダの底が浅い容器を僕のトレーに移した。
交換を持ち掛けてくれた彼女の優しさが僕には痛かった。
黒澤さんをずっと見てきた僕にはわかる、彼女には別に好き嫌いなどないのだ。
その日のメニューに一喜一憂するクラスメイトが大勢いる中で、彼女のそういった会話を聞いたことがなかった。
それが、とてもかっこよかった。
人間関係もそうで、好き嫌いなくクラスメイト全員に平等に接する彼女が眩しく見えた。
その平等さに、僕は妙な安心感を感じていた。
独占欲とまではいかないが、それと似た醜い感情だった。
彼女から交換してもらったサラダを見ると、あと二、三口で食べれる量だったところから彼女にとってこのサラダはやはり苦ではないのだろう。
僕にとって、サラダは別に好きではなく、どちらかというと苦手だが、食べれないまでではないし、この量だと苦ではない。
わかってはいたが、これは僕が苦難から逃れられやすいようにするための誘導だった。
そんな彼女の気遣いが嬉しく、つらかった。
彼女を見ると、もう赤飯に手を付け始めていた。
赤飯を丁寧な箸使いで口に運ぶ彼女を目で追う。
なぜだか幸福感に満たされる。
間接接触に少なからず、いや、相当な興奮を覚えていた。
そんな自分が、黒澤さんの綺麗さと対比して、汚いと感じた。
僕もサラダを口に入れた。
苦手なはずのサラダが美味しかった。
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