児童恋愛

涼月秋名

01 朝、教室でⅠ

今、僕の学年で告白が流行っている。

告白といっても付き合う名目での告白。


恋愛に関するサブカルチャーが流行り始めたからだろうか、高学年になり、漫画や小説、アニメ等を十分に理解できるようになったことで、恋愛が題材の作品に触れる機会が増えた。

それ故に、試しにと恋愛を始める人がでてきたと思う。


僕もそういった作品に触れることがあるし、実際好きだったりするが恋愛というものがよくわかっていない。

だいたい、作品の中で恋愛をしているのは僕から見れば全員大人同然だし、それに感情移入するというのも無理な話だった。

最近は知識欲から深夜アニメをよく見るが、登場人物のビジュアルや性格に惹かれても、恋愛としての好きとはつながらなかった。

そういった空虚さに、恋愛を遠いものとして認識してしまう。

互いに好き合えばそれは恋愛として終局なのか、それともそれ以上の官能的な接触が必要なのかもわからなかった。


同学年の人たちは、幼さゆえか付き合うことがゴール地点となっており、クラスで、またはクラスをまたいでカップルが乱立していた。


一方僕はというと、面と向かって好きな女の子に好意を伝えることにある種の抵抗を感じていた。


つい先月まで、僕の学校では「女の子と遊ぶのは女々しくて恥ずかしいことだ」という風潮があったのだが、思春期特有の感情の移り変わりなのだろうか、そんなことを言っていた男子は鳴りを潜めはじめていた。


好きな女の子はいる。


ただ、僕の未熟さ故か、いまだに女の子と積極的に関わるにはいまいち踏ん切りがつかない。

今までは、自分から女の子に関わらない大義名分があったせいか、気楽に学校生活を送れていたのだが、事態が急変した。最近の僕は女の子の目を気にしはじめ、最近は仲の良かった男子ともよそよそしく接してしまっていた。

それはどこか、女の子に僕らの会話が聞いているかもしれない、そしたら僕の評価が著しく下がってしまうかもしれない、といった不安を抱いてしまっているからである。

算数の授業中に先生が教室を巡回する時間。

それに似ていて、先生にこんな問題も解けないのかと思われたくないし、なんならクラスメイト達よりはやく解き終わって感心されたい。

そういった他人からの評価を気にしてしまう状況に身を置いていることが、僕にとって過ごしにくい環境だった。


「おい……ゆう、聞いてるのか?」


僕の目の前には、そのよそよそしく接してしまっている男友達代表がいた。少し不機嫌な様子が見て取れる。


彼方かなたか、どうかしたの?」


「いやお前な、その話してるときに考え込むっていうのかわからないけど、ボッーっとする癖やめろよな」


「ご、ごめん。何話してたんだっけ」


「だ・か・ら、先週話してた新作ゲーム、買ってもらったかって聞いてんだよ!」


月曜の朝から彼の大声を聞くのは精神的にまいる。彼方は陰気な僕と友達だけれど、大らかで発言力も比較的ある所謂コミュ力が高い男子である。僕の持論では、発言力と声量は比例するのである。


「そんなに怒んなくても…」


「お前が無視してたからだろー!で、どうなんだよ」


彼方の質問で、友達の間で流行しているらしい新作ゲームを姉さんに頼んで買ってもらったのを思い出した。どうやら互いにゲームソフトを持っていないと通信できないゲームらしく、できれば人間関係を壊したくない僕には、ソフトを手にするしかなかった。ゲーム機自体は、以前もこのような流行りがあったため、その時に買ってもらっていた。それはお父さんに買ってもらったけれど。


「ちゃんと買ってもらったよ」


「おお!じゃあ今日学校終わったらお前ん家集合な!」


「え、と…」


「いいだろ?ただでさえ最近付き合いわるいんだから」


「……わかったよ」


かなり強引に、放課後の予定が決まってしまった。

今の会話から、付き合いが悪いと彼方にも意識させてしまっていたことに気づき、断ることをためらわせた。

今日は帰宅後録画していた深夜アニメを見る予定だったのだが、せっかくならと買ってもらったゲームもやりたかったので別に後悔は感じていなかった。


「ところで、昨日の、見たか?」


「……」


とはおそらく深夜アニメのことだろう。録画するだけして見てはないが、周りの目があるため、教室内であまり深夜アニメの話を振ってほしくはなかった。


「まだ見てはないけど」


「まじかー!今回の話はやばかったぞ!やっぱり時代はツンデレ属性の金髪ツインテールだよなー」


「そ、そうなんだ……」


彼方はいつも金髪ツインテールの話ばかりするなぁ。正直、金髪ツインテール、しかもツンデレ属性なんて前時代的なキャラクター設定だし、コアなファンでなくても好きな人は多いけれど今までメインヒロインに抜擢されたケースも少ないし、イロモノ枠を抜け出しているとは言い難い。やっぱり、正統派黒髪ストレートだよな。


彼と二人きりの時はともかく、教室の中なので口に出して鼻高々反論することはできなかった。

しかも、金髪ツインテヒロイン回なのか……と人知れず落ち込む。オムニバス形式のアニメなので、あと数週間は続くなぁと軽く落ち込んでいたのもつかの間、クラスメイトたちの空気が少し変化した。



「おはよう」


10歳かそこらの少女にしては低音な、淀みのない深海を想起させるような、落ち着いた声が聞こえた。


僕はわざわざ振り向くことはなかった。


正面からその女の子を捉えることは緊張以前に自分なんかには烏滸がましいことに感じられ、僕はさっきよりどこか上の空な彼方から視線を離さないようにしていた。


「おはよう、さやちゃん」

「おはよー」

「おはよう!黒澤さん」


数人のクラスメイトが彼女に挨拶を返す。彼女と仲のいい女の子だけではなく、クラスで一番足が速い男子や比較的発育の良い男子も彼女に挨拶を返していた。



「じゃ、じゃあ放課後お前の家でアニメも見ようぜ。俺ももう一回見たいしな」


「う、うん」


朝のホームルームの鐘が鳴ったからか、早々に話を切り上げ彼方は焦ったように自分の席の方へ戻っていった。


「おはよう、悠」


聞き心地の良い音色がさっきよりも間近で聞こえた。


「えと…お、おはよう……ございます」


黒澤さんの大きくて、鷹のような切れ長な目が僕を覗いていた。吸い込まれそうな気になり、直視できず、あたふたしながらなんとか挨拶を返した。緊張のせいだ。


「……」


僕なりのパーフェクトコミュニケーションだったのだが、彼女はいつも通りじっと僕を観察した後、隣の席に腰かけた。彼女は、どこか不思議な雰囲気を持っていた。僕は視線を逸らしているので確かではないが、今も僕を観察するような視線を彼女から感じる。それが、僕を品定めしているのかそれとももしかして好きなのではないかなどと、ありがちな妄想が脳内麻薬のように溢れ出すが、それも全部虚実だと思い直し落ち込んだ。ただ、彼女が僕を見ているうちは彼女の中に、僕が存在を許されている気がして落ち着く。


机同士がくっついているためか、授業中だって彼女の気配をずっと近くに感じて気が気ではない。うれしいことには間違いないが、僕が学校生活を送るにあたってかなりの障害にも感じていた。


鐘が鳴り、暫く経つと前のスライド扉がガラガラと開き、先生が入ってくる。


「皆さん、おはようございます」


そして朝のホームルームが始まり、今週も学校が始まった。

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